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お金というのは、様々な価値を生み出すのだと彼と出会ってから知った。
良いものが食べられる、なんでも好きな物が買える。
お金の価値というのは、それだけじゃない。
人間としての価値をも高め、そして特別になれる。
例えば彼といつも泊まるホテルもその代表例の1つだ。
“__特別待遇__”
ロビー前でタクシーを降りた時から、それは始まる。
到着を待ち侘びたホテルマンはタクシーの扉を開け、私たちをロビーではなくそのまま部屋へと案内する。
チェックインの手続きを人前で行わせないこと、そしてロビーで待たせるなんて失態がないようにだ。
レストランは常に一番良い席がリザーブされ、食事を終えれば料理長がわざわざ出てきて挨拶をする。
部屋の清掃、服のクリーニング、そんなのをいちいち内線でかける必要だってない。
スイートルームに宿泊する私たちの行動はホテルマン達が常にチェックをしていて、私たちがいない間に手早く、それは済まされていく。
ホテルを後にする日には決まってオーナーが部屋に来て、私たちが見えなくなるまで深々とお辞儀をして送り出すのは毎回の事だった。
どのホテルでもこれは同じで、スイートルームに連泊しつづける私たちは覚えられ、待遇のよい扱いをされる。
1番の上客である私たちは、どこにいても特別だった。
“人は平等であるべきだ。不公平だ”
と嘆くのは、一貫してお金のない人たちだ。
お金を持つ人は、いつだって平等を嫌う。
お金を持つ私たちは特別で。
これだけのお金を持つに値する人間が私たちなのだから、他の人と一緒なんてあり得ない。
そもそもが、平等であるべきじゃないのだろう。
クレジットカードのコンシェルジュシステムといい、あってはならない事かもしれないけれど、やはり持っているお金の価値で優劣が付くというのは、この世の中の仕組み上、仕方がない事だし、当然な事だと思う。
最初の頃こそ、その違和感に苛まれた ”特別扱い” も、繰り返されるごとに当たり前になり ”日常の出来事” へと変わっていく。
特別扱いをされる事に慣れるのなんて、一瞬のことだった。
ただ一つ。
私がどうしても慣れなかったこと。
それは”彼のいない休日”だった。
寂しいという感情ではなく、奥さんといるのが嫌だという感情でもなかった。
あの時間を、どう表現すれば良いのかわからない。
〈心にある工作の紙粘土を、壊さないように必死だった〉
こんな比喩を考えてみたけれど、どうもあの頃の私の心情を表すにはカチッとこない。
あぁほんと嫌になる。
彼みたいに上手な比喩を使えない。
私は一人暮らしの部屋で、まぁ作家じゃないから当たり前か。と頭の中で独り言を呟いて、テレビをつけた。
だけど本当にもう少し、ちゃんと表現したい。
なんて言えばしっかりと、伝わるだろうか。
〈彼がいない休日というのは、いつも凄く自由な感じと、世界に私しかいないような孤独の2つが私を包んでいた〉
うん、そうだ。
これが一番しっくりくる。
比喩でもなんでもないけど、これが正直な気持ちだった。
必死だった。
とにかく走り続けてた。
止まってしまったら、私はどこに向かって走ればいいのか分からなくなりそうで、怖かったのかもしれない。
VUITTONのバッグを持たなくちゃ。
miuのパンプスに、40万したワンピースを着て、この部屋から出て行かなくちゃいけないの。
横断歩道で隣に立った人にも、この人はどんな男に愛されて、こんな優雅な生活を手に入れてるのって思われたい。
彼の奥さんだと信じている人には、国立大を出て大手の出版社に勤めながら有名作家の彼を支えている、デキる女だと思われたい。
いつもそうだった。
向こうの遠い世界に、私の生きていた日常があった。
お気に入りのドラマを録画して楽しみに帰る電車の中や、古本屋を何軒もハシゴしてお気に入りの本を探す休日。そんな日々が遠い。
こんな携帯しか入らないようなカバンも、決して歩きやすくはないデザインの靴も。
わたしにはこのブランドに身を包めるくらいの金銭力があって、それを着こなせるほどの女なのだと思えば、自信が持てた。
最初の頃は高い服を着たって何も変わらないと思っていたけれど、このクレジットカードを使い買う品々は、不倫という世間の影に隠れる立場の私に、堂々と背筋を伸ばして外を歩かせる為のアイテムだった。
そしてブランド品を身につけているというプライドが、不倫相手という世間に蔑まれるべき自分の存在を、精神的に支えていたのも紛れもない事実だった。
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