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退院してからというもの、もう体はとっくに治っているはずなのにどうしても体が重く、頭がぼやけているような本調子じゃない状態が続いていた。
常に怠くて、眠たくて、言われた事にパッと動く事が出来ない。
頭は冴えている感じはあるのに、体が全く比例しなかった。
私が信仰深いタイプだったら、お祓いに行きたいと思ったかもしれない。
冗談じゃなく、大人一人分を肩に背負っているくらいに体が重かった。
電車に乗っていても立っているのがつらくて吊り革にもたれながら通勤したし、パソコンの前だと余計に頭が重くて、前みたいにずっと画面を見続けることが出来ない。
やること全てに今までの倍くらい時間がかかって、ただでさえ手が遅いのに同僚たちの目線が痛い。
前みたいに駅のホームで倒れれば気遣ったりして貰えるだろうけど、動けないほどではないからちゃんと出勤したり、彼と会ったりも出来てしまう。
片付かない仕事、終わりのない怠さ、彼との将来への不安。
そんな日々はどんどんと私の心を空虚の世界に導き、負の思考となって私を襲った。
寝ている時もそうだった。
日常生活では気づかないように抑えているものが、睡眠という鍵で開け放たれた時に"それ"は現れる。
夢という名の、核の投影。
自分の奥底にある普段は出していない感情、思い、真意。
それはきっと夢であって、夢じゃない。
私はいつも通り経理部のパソコンの前で、仕事をしている。
後ろに誰か立つ気配がして振り向けば、そこには編集長が立っている。
一枚の封筒を私に手渡して、中を見るように。と怒りを含んだ声をして私を睨みつける。
恐る恐る伸ばした手で封筒の中を覗けば、そこに入っているのは見慣れたあのクレジットカードだ。
彼の名前が印字されたこのカードをどうして編集長が持っていて....
しかも私に....手渡しているんだろう。
心臓がドクドクと嫌な音を立てて耳の奥を揺らし、私は怯えた表情で編集長と目を合わせた。
どう言う事なんだ?と言わんばかりに眉を少し上げた編集長に、何か言わなきゃと息を吸い込むと、編集長の後ろから彼が歩いてくるのが見えた。
彼が来れば何か擁護してくれるはず。
そんな淡い期待を持った私の前で彼はひとこと、こう言うのだ。
「彼女は誰ですか?」と。
私はそこで目が覚める。
心臓は現実でも嫌な音を立てて、手のひらにじっとりと汗をかいていた。
冷たい目線を向ける2人の空気が夢の世界とは思えないほどリアルで、しばらく天井を仰ぎながら呼吸を整えれば、少し手先が震えていて。
自分のあまりの混乱具合に少し笑えた。
疲れてるんだ......きっと。
病み上がりに無理をして、頭が疲れてるんだ。
だけど私はこの後も、何回も同じような夢を見た。
出てくる人や場所が違えど結果はいつも同じだった。
味方だと思っていた人が私を裏切る。
いつもそのパターンで目が覚めた。
これは夢だとわかりながらも、起きた時の息苦しさ。
体が金縛りのように重い変な感覚。
鼓動が落ち着くまでのあの時間は、何度味わっても慣れなくて。
眠るのが嫌になった私は、ベッドで横になりながらカーテンの隙間に空を見ていた。
たまに目を瞑り、ふと目を開くとスマホで時間を確かめる。
画面の数字が4時台を示し出すと、目を瞑る事はやめて空を見つめた。
それはいつしか決まり事のようになって、ベッドの上で4時を待つようになっていた。
静かな夜。
まだ外は暗い。
ふと誰かの声が聞きたくなって、
人生に文学を。という作家を招いたポッドキャストを開く。
男性2人の淡々とした口調がスピーカーから流れ、窓の外は夜の暗さが淡さに変わっていく。
布団に包まれて1人。
彼のことを思い浮かべる。
1つ1つ、大切に。
目の前に彼がいるかのように。
甘い声や、綺麗な指先、タバコの香り。
シャツの質感、肌のぬくもり、私を見つめる冷たくて縛るようなあの目。
頭の中で目一杯彼を思い浮かべて空を見れば、少しだけ落ち着いた甘い気持ちで呼吸が出来る。
体の疲れは全く取れなくても頭が少しリセットしてくれれば、またこのベッドから出て1日を始められる。
こうして枕元でアラームが鳴るのを目を開けて待った私は、そっとベッドから足を下ろすのだ。
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