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「しっかし、噂の真相も蓋を開けたらあっけないもんやなあ。当人はとっくの昔に音楽辞めとって、しかも犯罪者になってるなんて、皮肉にも程があるで」  控え室で山中が、ペットボトルの水をがぶ飲みしながら、そう心底がっかりしたようにボヤく。 「噂なんてそんなもんやろ。しかし、高村はどうするん? 矢田に伝えるんか?」 「……別に。何も考えとらんわ」  新島に聞かれても、結局俺は、率先してあいつに事実を伝えようとは思えなかった。カエデに言った通り、あいつはどうせあの時のことなんて覚えていないだろうし、思い出したくもないだろう。  でも、お前も多少は他人に影響を与えられる人間なんやって伝えられるなら、あいつも少しは救われるのだろうか。 「でも、なんつーかあれやな、バタフライエフェクトってやつやな」  そう、新島が口を開く。 「何? バタフライナイフ?」 「わざとボケるのやめろ。あれや、誰かにとっては些細な言動が、後々におっきな変化をもたらすってやつ。運命言うたら大げさに聞こえるけど、そんなんは、案外人生の中で、あちこち起こっとるのかもしれへんな」 「確かに、言えとる」  原がそう隣で納得し、俺もなんとなくだが腑に落ちた。  俺がこうして音楽を続けているのも、カエデがバンドを始めたのも、矢田が犯罪を犯してしまったのも、結局は些細なことの積み重ねで、偶然とも呼べるものだ。たまたまカエデが拾ったのも、ピックだったというだけで、別のものが落ちてきていれば、その職業に就いていたかもしれない。人生なんて、結局はそんなものだろう。  そのくらい、人は些細なきっかけで変われるのだ。矢田だって、いつかはきっと、まともな道を歩むことができるかもしれない。せめて、自分が好きだったものと向き合えるようになるくらいには、まともに。 「そういや高村、お前ステージでピック落としたやろ。あれ、どないしたん?」 「あっ……そやったなあ」  新島の言葉で思い出し、恥に耐えながらも状況を記憶で確認し直す。さすがに観客席にまでは届いていないはずだから、拾うとしたらスタッフの誰かだろう。今頃、マネージャー辺りが引き受けて、自分に届けに来る時分かもしれない。  そこで一つ思いついて、笑みが漏れた。もしマネージャーが来たら、拾った人への伝言を頼んでやろうかな。「なんかの記念や思て持ってけ」、なんて言って。でも、そんなダサい真似、やっぱり俺には出来へんな、と思った。そんな格好つけるやつは、矢田一人だけで十分だ。  次第に夜は更け、フェスは大詰めを迎えていく。今日起こった出来事は、人生のほんの1ページに過ぎないけれど、今日という日は、過去の自分のことも、カエデのことも、矢田のことも、丸ごと救って、前に進めてくれるような、ほんの少しだけ、特別な日になるような気がした。
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