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 太陽の日差しが容赦なく地平を熱する快晴の空。そんな中にも関わらず、会場には数えきれないほどの人々がごった返し、それでも音楽という一つの手段で心を一体にさせている。一見暑苦しさしか覚えないその光景に、こんなにも心が躍る心地がするのは、やはりフェスというこの空間が成す魔法か何かだろうか。  隣ではベースの山中(やまなか)も、いつにも増してそわそわしている。普段から落ち着きのないやつだが、ここまで来るともう若干鬱陶しい。 「いやあ、ついにブラドロと一緒に出演できる日が来たんやな! あかん、考えたらつい笑みが漏れてまう、変態になってまうで!」  俺は座りながらギターのネックを拭いていたけれど、とあるバンドの名前が出てきたため、目線は向けずに言葉を返す。 「お前は普段から変態やろ……てか、なんでそないにブラドロのこと気にしとんの? なんも接点あらへんやろ」  そう言うと、山中は驚愕した様子だ。あかん、余計面倒になった。 「高村(たかむら)、知らへんの!? ブラドロの噂。俺ら男バンドの間では、毎回その話題で持ちきりなんやでえ!」 「噂……?」  着いていけない自分に対して、ギターの新島(にいじま)が付け加えるように言う。 「あれやろ。ボーカルのカエデちゃんが、とあるバンドマンのピックを拾うたこときっかけで、バンド始めたって話。まあ、あないな可愛い子の話や、俺らがそのバンドかもしれへんって、イベントで一緒になる度皆浮足立ってるんやで。そこの山中みたいにな」  ああ、そのことか。一人で勝手に納得すると、ギターに視線を戻す。  ブラドロ――正式名称"Bright drop(ブライト ドロップ)"は、美女の集まりとよく言われるが、特にベースボーカルのカエデは、絶世の美女と勝手に俺ら男性陣バンドから言われている子だ。昔、カエデがインタビューでバンドを始めたきっかけに先のエピソードを挙げていて、その際、肝心のバンド名を挙げなかったため、憶測が憶測を呼んでいるのである。 「アホらし……。そないな、ヒントも何もあらへんのに、勝手に推測して舞い上がっとるだけ時間の無駄やろ」 「いやいや、でもほら、ブラドロも関西発のバンドやろ、ワンチャンあるかもしれへんやんか! 歳も近いし、俺らかもしれへんよ?」 「大体お前、ピック落とした記憶なんか無いやろ」 「無いけど、いつか道に落としたり投げたりしたかもしれへんやんか! ほら、カエデちゃんベースやっとんのも、俺のピックだったかもしれへんし?」 「いや、素人でベースとギターのピックの見分けつく人なんてめったにいーひんし、てかお前、そもそもピック使わんやろ」 「たまーに使うやないか! たまーに!!」  結局山中は終始こんな様子でまくし立てている。最早、目の前で話に参加すらせずスマホを眺めている(はら)に、安心感すら覚えるほどだ。 「とにかく、これから待ち時間使うてブラドロのステージ観に行くで! 戻ってきたら、ちょうど俺らの番って頃やろ」 「まあ、その通りやし、それには異論無いけど……」 「よっしゃあ! 決まりや!」  山中のペースでこれからの予定が埋まってしまった。俺はため息をつきながらも、仕方なくギターをケースにしまう。いくつ年をとっても、一人の女性のためにこんな阿保らしい会話と行動が成されてしまうのは、男という生き物の愚かさであり宿命なのだろうか。
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