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 なんとか意地で感覚を取り戻し、事なきを終えた出番の後。ステージを降りると、"Bright drop"の4人が、自分たちを待ってくれていた。 「すごい、さすがかっこよかったです! 大人の男性の余裕っちゅうか色気っちゅうか、そういうので観客の皆さん一気に惹き込まれてましたもん! 私たちには真似でけへんなあ」 「おおきに。ブラドロも、明るう場を盛り上げながらも背を押してくれるようなライブで、俺久しぶりに若さ取り戻した気するわ」  そうメンバーと山中が語らっている中、新島がこっそりと俺に、「どないすんねん」と聞いてくる。 「どないもこないもあらへんやろ……。言えへんよ、こないな状況で」 「そやなあ……矢田も困るだけやろうし、互いのためにはならんのかもしれへんなあ」  そこで、話している俺たちに気づいたのか、カエデがこちらを向いた。頼む、今はこっちを見んといて欲しい。そんな想いも届かず、彼女は無邪気に声をかけてくる。 「お二人のクールな立ち振る舞い、めっさ素敵でした! 高村さんのハスキーなお声も、聴いとって痺れちゃいましたよ!」 「おお……おおきに」  彼女から見ると、俺たちはあまりにも冴えない様子だったろう。不思議そうに首を傾げ、俺たちを伺い見る。 「あのー、何かあったんですか?」  俺と新島は、互いに顔を見合せ、俺は観念して下を向いた。ベストの裾を引っ張り直すと、彼女に向き直る。 「カエデちゃん、落ちてきたピック拾ったの、運命や言うとったよな」 「ええ! あれがなければ、うち今バンドやってないと思うので」 「そやけど俺、そら違う思うんや」 「え?」  段々と、彼女の顔を見られなくなって、結局視線が地面へと向く。 「そんなん、些細なきっかけに過ぎひんやろ。バンドやろうと決心したのも、ここまで続けてきたのも、全部、カエデちゃんの意志と努力の賜物や。せやから、当人に感謝するようなことやあらへん思うんや。どうせ、本人はピックを落としたことも覚えてへんやろし、人生なんてそないなもんや。カエデちゃんにとっては、大切な記憶なんやろうけど……その記憶は、君の中で、大切に閉まっといて欲しい」  何言うてんやろ、俺。ほぼ初対面の、年下の女性に、しかも一見関係もないようなやつが、何偉そうに語っとんねん。  案の定、カエデは変わらず不思議そうな顔で、俺の事を見ていた。けれど、次第に瞳を揺らし下を向くと、彼女も静かに告げる。 「……うち、思うんです。高村さんは、自分に関係ない人に、わざわざそないなこと言うお方やないって。せやから、たぶん、何か気づくことがあったんでしょう?」  その言葉に、何を返すことも出来ない。カエデは、別に返事は待っていなかったようで、黙り込むことなく続ける。 「前から言われてはいたんです、おめでたい頭しとんなって。せやけど、ちょうど悩んどったときに、まさか誰かのピックが自分の前に落ちてくるなんて思わんくて。神様のお導きや、なんて思うとったんです。ほんで、ずっと大事にしとったけど……。落とされた方は、偶然落とされたんですもんね。礼言うのもお門違いなんやろし、もう、これにこだわる必要ないのかもしれませんね。ここまで音楽やってこれたねんもん、私はもう大丈夫や」  そう言うと、カエデはあのヒョウ柄のピックをズボンから取り出して、突然駆けだした。俺は度肝を抜かれて、追い越していく彼女を振り返ることしかできない。彼女は観客通路の手前まで出ると、その手に持ったピックを、思いっきり遠くへと投げた。自分の想いを、遥か彼方へと託すように。 「カエデちゃん!? 何しとんの!?」  カエデはこちらを見ると、バツが悪そうにしながらも、無邪気な顔を見せて笑う。 「えへへ、またあのピック拾った人が、音楽始めてくれたら嬉しいなあ思うて、危ないのは分かっとるけど、つい投げちゃいました」  ピックが落ちた先。そこには青年が一人立っていて、ちょうど落ちてきたピックを、不思議そうに取り上げていた。どこから飛んできたのかと辺りを見渡し、カエデの姿を見つけたようだけれど、それは既に去って行く後ろ姿で、確信にまでは至っていなさそうだった。俺は、一連のそれを見て、苦笑することしかできない。 「まったく……ほんま、めちゃくちゃな子やな」  あのピックがどうなるかは分からない。けれど少なくとも、カエデのもとから飛んでいったことで、なんとなくだが、矢田の意思も、遠くへと繋がっていくような気がした。
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