どんどん落ちる

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どんどん落ちる

 お兄ちゃんと並んで歩く。一緒にアイスを買いに行くため。僕は一生懸命話しかけるのだけど、お兄ちゃんは上の空。ああとかうんとか、そんなことしか言わない。  お兄ちゃんは、中学生になってから変わってしまった。去年までは、僕と一緒に外を駆け回っていたのに。  お父さん曰く、好きな子ができたんじゃないか。  お母さん曰く、反抗期だろうね。  どっちにしてもいいけど、僕はつまんない。どこかに一緒に行こうと言えば付き合ってくれるけどさ。  本当つまんない。  お兄ちゃんと歩くコンビニまでの道。僕もつい不機嫌になる。 「もういいもん!」  繋いでいたお兄ちゃんの手を振り払って僕はずんずんと早歩きをする。 「裕太!」  後ろでお兄ちゃんの声がした瞬間、僕は落ちた。  もしかしてマンホール?  僕、死んじゃう?  「裕太ぁぁぁぁ!」  お兄ちゃんの叫びが聞こえる。  でも……。  僕はどんどん落ちる。落ちて落ちて、落ちていく。いつまで経っても底につかない。  僕のまわりにはケーキやぬいぐるみやビスケットや時計がふわふわと浮いている。  僕はどこに行くの?  まだまだ落ちる。  つい下を見ると、そこには穴があった。  これでおしまい?  穴を抜けるとお兄ちゃんの姿が見えた。 「裕太!」  その声を聞いて、そのまま最初に落ちたマンホールにまた落ちていく。  不思議な穴二周目。怖いけど死ぬみたいじゃない。きっとまた、お兄ちゃんの前に落ちていく。  お兄ちゃんが僕を見捨てる訳がない。落ち着け落ち着け。  心を落ち着かせるために僕はふわふわ浮いているケーキを手に取って、かぷりとかじりついた。  とても甘い。砂糖の効きすぎだ。紅茶が欲しい。  そう思うと紅茶の入ったカップが僕の前にぽんと現れた。  それを引き寄せて、僕はくいと飲む。  なぜか落ちる速度が落ちていく。  足元を見ると僕の着ていたものの姿が変わっている。スカートだ。 「どういうこと?」  僕が呟くと目の前に兎が現れて、とてもお似合いですよと鏡を見せてくれた。  スカート、エプロン、リボン、靴も靴下も女の子のもの。 「やだ! 恥ずかしい!」  兎は、ぽんと消えていく。  僕、このまま女の子になっちゃうの? やだよ……。  再び底に穴が見える。  僕は叫んだ。 「お兄ちゃぁぁぁぁん!!」  穴を抜ける。  案の定、お兄ちゃんは手を広げて待っている。 「お兄ちゃん!!」  お兄ちゃんは、僕の身体を両手で受け止めた。反動で落としそうになったけど、僕を抱えて後ろに倒れる。  やっと落ちていく穴から抜け出せた。 「お兄ちゃん怖かった!」 「よしよし。裕太良かった」  涙がたまってきた。お兄ちゃんの顔をじっと見る。  お兄ちゃんは、顔を赤くして目を背けた。 「お兄ちゃん?」 「いや随分可愛い格好してるなって。似合ってるよ」  僕はお兄ちゃんの胸をポカポカ叩く。 「僕、怖かったんだよ! 女の子になっちゃうかもって!」 「はいはい。裕太は男の子でも女の子でも可愛いから安心しなよ。ほらアイス買いに行くぞ」 「この格好で?」 「似合ってるから問題ない」  穴はいつの間にか消えていた。  僕は再びお兄ちゃんと手繋ぎでコンビニに向かう。  行き交う人が可愛いねって声をかけてくれるけど、こんなの今日だけど。お兄ちゃんが可愛いって言ってくれるから今日は我慢する。  それにお兄ちゃんはお兄ちゃんのままだったから別にいい。  誰かに恋してても反抗期でも、ちゃんと僕のお兄ちゃんなんだ。ちゃんと助けてくれたから。  だからちゃんと手を繋いでるよ。ね、お兄ちゃん。 おしまい
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