アレクサンドロス大王

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アレクサンドロス大王

 森谷公俊先生の「王妃オリュンピアス」(ちくま新書)より、以下とりとめもなく。  アレクサンドロス三世の父親フィリッポス二世が殺されたきっかけは同性同士の痴情のもつれによる説(この経緯はかなり非道なため略)を読み「お父上…あちこちの美青年に手を出すからこんなことに…」と何ともいえない気分になりましたが、アレクサンドロス自身にも有名な側近兼親友がいます。  ヘファイスティオンです。  彼らがアキレウスとパトロクロスの墓を訪れた際、アレクサンドロスはアキレウスに、ヘファイスティオンはパトロクロスに供え物をしたこと、長身で容姿優れたヘファイスティオンをアレクサンドロスと勘違いして跪いた王族女性に「気になさらずともよろしい。彼はもうひとりの私だ」と笑って咎めなかったことなどから、両名には主従と親友以上の強い絆=同性愛関係があったと見る説は昔から存在しています。    個人的には、おそらくあったと考えています。  親友に先立たれてしまうところまでアキレウスとアレクサンドロスは似ているのですが、ヘファイスティオンが亡くなったとき、王もアキレウスに負けず劣らず悲嘆の底に沈んで身も世もなく動揺し、友のために神殿まで建てるよう命じています。もし主従で親友止まりであったならば、理性を失った愚行ともいえるここまでの行動には出ないのではと思います。  これが、根拠のひとつ。  あともうひとつは、森谷先生の著作で紹介されていたヘファイスティオンの書簡です。  先生によると王のお母様オリュンピアスは気性の強い女性で、息子の交友関係にも口を挟んでいたほどの過干渉ママでした。そのママが息子と親密な噂を立てられているヘファイスティオンをお気に召すはずもなく、二人の仲を裂きかねないほどの非難を手紙で浴びせていたようなのです。  よほど腹に据えかねたものか、ヘファイスティオンもこんな手紙↓をオリュンピアス様に書いて送ったとか。  森谷先生の本から引用します。 「我々を非難するのはおやめ下さい。そして怒ったり脅したりもなさらぬように。もしお続けになるとしても、われわれは気にもとめないでしょう。アレクサンドロスが誰よりも強いということを、あなたはご存じなのですから。」(p.129)    そりが合う合わないはともかく、相手は先王の妃で現国王の母君です。  その彼女に向かってこんなことを書かずにはいられないほど常日頃からきつい嫌味を言われていたのでしょうが、それにしたって彼はアレクサンドロスからの友情によほど自信があるんだなというのが正直な感想でした。 「貴女の息子がキレたら怖いこと、母親の貴女がいちばんよく知ってるでしょ? 俺の悪口書き過ぎたら、いくらママでも彼は黙ってないと思いますけどね」といわんばかりの、寵愛自慢にも受け取れる文面で、もはや嫁姑戦争の域です。  ここから先は完全に私の憶測です。  ヘファイスティオンがこうも強気に出られた理由は、母の干渉を親孝行にも受け流していた王すらも彼の前で苦笑したり、愚痴めいたひとことを零したことがあったのか、あるいは王の口からはっきりと「母上が何と言おうとお前への気持ちは変わらない」と約束を貰っていたのかなと。  でなければアレクサンドロスが自分の味方と確信しきったこの文章はなかなか書けないと思います。  次ページに載っていた森谷先生の見解も引用します。 「単数形の『私』ではなく複数形の『我々』を使って反論しているところに、自分と王の信頼関係に対するヘファイスティオンの揺るぎない自信が見てとれる。とはいえ王の母親にこれだけのことを堂々と言ってのける度胸も大したものだ。」(p.130)  私も同意した次第です。
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