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午後8時半、トーマスの両親が疲労困憊している中、アリスはバイクのエンジン音に気づいて顔を上げた。次々に入る報告は、どれも見つからないというものばかりだったが、そのエンジン音はほんの少しだけアリスを落ち着かせた。
「ボス、連れてきました!」
元気に報告するミキに手を上げ、アリスは後部座席からもっさりと降りてくるブルーを見た。ヘルメットを面倒そうに外して、ミキに腕を強引に引かれてやってくる。
そのやる気のない姿が通常運転で、アリスももう慣れた。最初は「クソガキ」だと思ったが、今はただの「ガキ」だ。
「トーマス・ピアソン、5歳。身長110センチ、体重15キロ。靴のサイズは17センチ。服装は青い長袖Tシャツに黄色のフリース、下はライトブルーのジーンズ。ナイキのスニーカー。虫が好きだから、蝶か何かを追って道を間違えたのかもと母親は言ってる。姉と一緒に木の実拾いをしていたけど、飽きて両親のところに戻る途中で姿を消した。天気予報では今晩雨が降るみたいだし、実際、靄ってきてる。もし川を通るか何かで体が濡れていたら、低体温症になる危険性もあるから早く見つけたい」
アリスがトーマスの画像を見せながら早口で言うと、目を伏せて聞いていたブルーは、最後に目を上げて警察車両の方で身を寄せ合っている家族を指で示した。
「お姉ちゃん?」
「そう」
「話を聞いてもいい?」
ブルーはアリスを伺うように見た。非正規とは言え、一応ブルーも彼女の部下だ。
「教育上、悪影響を及ぼさないと誓える?」
アリスが冷たく睨むと、ブルーは冗談だと思ったようでニヤッと笑った。が、アリスが本気だと気づいて笑みを消した。
「わかった。誓う」
「同席する」
「は? 怖い顔のオバサンが後ろにいたら、萎縮しちゃうだろ。俺だけでいいよ」
アリスはフンと鼻を鳴らした。
「ルイス、ブルーに付き添って。この前みたいに、放送禁止用語を言ったら殴っていい」
そう言うと、ルイスは筋肉を誇りながら嬉しそうにやってきた。
「2メートル離れてろ」
ブルーはルイスにそう言ったが、ルイスは構わずのしのしと近づいて歩いて行った。
アリスはブルーが家族に近づくのを、ハラハラしながら見守った。
数秒で両親が激昂するかと思ったが、意外にも数十秒後には両親の後ろに隠れるようにいた姉のテスが姿を現した。ブルーが7歳の少女と目線を合わせるために腰を下ろし、むしろ彼女が見下ろせるぐらいの高さで話している。両親といるときはブルーのすぐそばにいたルイスは、今は両親の気をブルーから反らすように彼らに声をかけている。ブルーはもちろん、テスもそれで自由に話せるようになった。いいコンビであることはアリスも認める。
アリスは腕組みをしながら、捜索本部となった仮設テントの下で、周辺の地図をもう一度見た。警官隊と地元ボランティアは捜索範囲を広げながら山を歩いている。そろそろメディアもやってきているが、それよりも一般市民が流すフェイクも含んだニュースの方が盛り上がっている。
「ボス、トーマスが見つかったときのために、クッキーと温かいココアを用意しておきました」
楽しそうにミキが保温ポットを見せながら言い、アリスは彼女を見た。
「それはいいね、トーマスも喜ぶだろう」
「でしょ?」
ミキはそう言って褒められたと喜んだ。
ブルーがテスに礼を言って別れ、キャンプ地の方に歩き始めた。姉弟が木の実拾いをしていたというエリアだ。
「ブルー、速攻で見つけてよね。ココアが冷めちゃう」
ミキが言い、ブルーが振り返って中指を立てた。
ルイスがすかさずブルーの手を払い落とし、アリスはため息をついた。
何度言っても成長しないんだから。
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