2 Escape 脱走

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 13歳で逮捕されたあと、ブルーは5年刑務所にいて、UPに協力して仮出所が認められたものの、行く宛もなかったのでアリスがいろいろと面倒を見てくれた。  UPの研修宿泊施設に1年間を限度に住ませてもらっているが、年明けには出ていかないといけない。そのためにアリスに貯金も言われているし、自分でも頑張っているが、何ともうまくいかない。  UPの仕事は辞めて、別の仕事をするという手も考えられるが、どっちにしろいつか前科がバレてクビになる。そうでなくてもブルーが学校へ行ってないことや、家族が複雑ってことがバレてクビになる。誰だって嫌だ。殺人の前科がある奴と働くなんてことは。ブルーだって嫌だ。わかる。  ブルーは刑務所の中で2年間と仮出所してから約1年、勉強している。何しろ逮捕されたときのブルーは、自分の名前も書けないぐらいだった。何もわからず、赤ん坊のまま世の中に放り出されたみたいな気分だった。  今は少しマシになっていると思う。  まだうまく社会に馴染めている気はしないが、口うるさいアリスや、おせっかいなルイス、厳しいミキたちのおかげで賢くなってきた。  最初は刑務所内で再教育のコースが設置されたので希望した。ブルーの場合は『再教育』ではなくて『初教育』だったが、アルファベットからやり直す奴もいたので疎外感は殆ど感じなかった。家族がいない奴もいたし、虐待を受けてきた奴もいた。そういう奴らと少し話すだけでもラクになった。  仮出所後も勉強を続けられるようにとアリスはアルバイトを募った。週に1回、UPの東部事務所で小学生レベルの家庭教師求む。  それに応募してきたのが大学生のマリーだった。彼女は特別支援の教師を目指していて、アリスの厳しい面接をパスしたのだった。最初は週に1回、2時間の授業だったが、ブルーがUPでのバイト代をはたいて、週2回に増やしてもらっている。マリーはとても褒め上手で、ブルーは彼女に褒められたくて勉強を頑張った。おかげで四則計算のルールは理解したし、みんなが言っている政治の話もちょっとはわかるようになった。まだ誤字だらけだとは言われるが、報告書を書けるようになったのだって彼女のおかげだった。  アリスはブルーに釘を刺す。  彼女は家庭教師であって、それ以上でもそれ以下でもない。先生としてリスペクトし、余計な感情は持たないこと。食事に誘うのもダメ。奢ってとねだるのもダメ。もちろん、彼女のかばんから何一つ盗んでもいけないし、勉強に関係しないことも話さないようにとまで言われた。  でも、そんなの無理だ。  ブルーはマリーが好きだった。ブルーの周りには、これまでの人生において、ブルーに優しくしてくれる人は数えるほどしかいなかった。だからマリーはたぶん5人目ぐらいの人だ。ブルーは優しくしてくれる人のことは、みんな好きになってしまう。特に女の人は絶対に。  それは危険だからやめておきなさいとアリスは言う。優しいから、という理由で人を好きになっていけないわけではないけれど、それが唯一ってのは違うでしょうと。ブルーにはよくわからない。  彼女の授業がある日は、スキップしたい気分でUPの事務所へ向かう。UPの薄汚れた壁も輝いて見えるんだから、彼女はすごい。  ブルーは大部屋に入って、アリスたちのチームのエリアに行く。そこにある空き机を使わせてもらっているのだ。が、今日は珍しくミキに迎えられた。 「ブルー、すぐ用意して。出かけるよ」  ミキがいつもの業務パックを放り投げて、ブルーの脇をすり抜けて行った。ルイスも慌ただしく服を取り、ブルーに顎で来るように促す。既にアリスはいなくて、ブルーはルイスをギリギリで捕まえた。 「何? 今日マリーの日なんだけど」  ブルーが言うと、ルイスは肩をすくめた。 「脱走だ。マリーには隊長がキャンセル入れてた」 「は? 何勝手なことしてんだよ、クソババァ」 「早く行かないと、もっと恐ろしいことになるぞ」  ルイスが言って、ブルーは確かにそれは否めないと思った。とにかくアリスを怒らせない方がいい。
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