15 仁藤の家

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15 仁藤の家

西谷の番になったその日から、俺は仁藤の家に帰らなくなった。ヒートが3日続いた事もあるけれど、それ以外にも理由はあった。 ヒートが終わって数日後、西谷の合格がわかり、そこで俺はその2日後に一旦仁藤の家に帰る事になった。 中学の頃から家に帰らない事はままあったし、俺の存在を無いものと扱っていた家だから、1週間以上の不在にも気づいていないんじゃないだろうか。何なら部屋の片付けも殆ど終わっているし、このまま家を出ても良いんじゃないかと西谷に言った。 けれど、それを言っても西谷は生真面目に首を振った。 「いや、つけなければいけないケジメがあるからそういう訳にはいかない。」 「ケジメ、ねえ…。」 「家族と話すのに気がすすまなければ、俺の隣で黙っていれば良い。俺が話をつける。」 そう迄言われては、聞かない訳には行かず。 俺は暫く振りに仁藤の家の家の敷居を跨ぐ事になった。 「アポイントは取ってある。」 と言った西谷に、首を傾げる。西谷が、父に連絡したという事か。あの父が、一学生に過ぎない西谷のアポイントに良く応じたものだと思ったが、その理由は後程知る事になった。 「西谷 遼一と申します。」 来客用の座敷に居並ぶ両親や兄達、祖父母の前で物怖じ一つせずに完璧な作法の座礼。 背筋を伸ばし、凛とした佇まいは年齢を超越した品格を醸し出して、文句の付けようがない。俺はそんな西谷に見蕩れる。我が‪α‬ながら、何という良い男だろうか。 そして、西谷を見た後で前に向き直り、前に座る連中をぐるりと見渡した。 何故だろうか。あれだけ巨大で高みに居ると思っていた父や兄達が、格段に貧相に見えるのは。 30分程も前、仁藤の家に着いた俺と西谷を出迎えた家政婦には、驚いたように凝視された。俺が来るとは聞いていなかったんだろうか。 それから座敷に通されて、出された茶が冷えた頃、ぞろぞろと俺の家族が部屋に入って来た。偉そうに客を待たせて恥じもしないのか、それとも俺の関係者とわかったからの仕打ちなのかは知らないが。 だが、部屋に入り上座にある座布団に座って西谷を見た父らはギョッとした表情になった。流石に‪α‬同士はランクに敏感だな。 「…君が、信貴沢さんを介して私に会いたいと連絡してきた西谷君か。」 「はい。西谷 遼一と申します。」 「…信貴沢さんの頼みだからと時間を開けたが、何の用かな。ウチのソレと一緒に来た事に、関係があるのかな?」 先に見せた動揺を隠しているのか、わざと鷹揚に話しているらしい父。だが、そのセリフの途中で場にビリリと重苦しい何かが流れた。 ヒッ、と小さく叫んだのは母だ。それにしても信貴沢さんって、誰だろ? 「……ソレ?」 どうやら父の言葉は、早速西谷の逆鱗に触れたようだった。西谷は俺に対する父の態度に反応して、思わず圧を放ってしまったらしい。 「あ、いや…。余、彼とは……余、お前…?!」 西谷との関係を聞き出そうと、やっとまともに俺を見た父は、その時初めて首元のネックガードが外れている事に気づいたらしい。 「…まさか…。」 「余さんとは、半年以上の交際を経て先日番になりました。」 「そんな事、聞いてないぞ?!」 物言いを付けてきたのは二番目の兄だった。兄達が話す声なんか、何年振りに聞いただろうか。目をぱちくりする俺。 「…まあ、言ってないからね?聞いてないも何も、普段から会話なんか無かっただろ?」 俺がそう言うと、押し黙る兄。当然自覚はあるらしい。 「だからといって、こんな風に事後報告なんて…。」 そう言った祖母に、今度は西谷が冷静に答えた。 「余さんからは、御家族は自分には関心が無いから自分の事は自分でしてきたと伺っています。日頃お話をするような事も、無かったとか。」 祖母は少し不貞腐れたようにそっぽを向いた。 「余さんは、自分はこの家の人間では無いらしいと言っていました。ですが、一応は住処や教育等を受けた恩は無視できないものですから、こうしてご挨拶に。」 そう言った西谷に、母が叫んだ。 「そんな親不孝な子と番になったって言うの?生まれからして何の役にも立たない子だったのに…ひ、」 また悲鳴。さっきの事があった傍から、この女(ひと)は本当に…。 ちら、と隣を見ると、西谷の目は冷たく母を見据えて、さっきより一段と重苦しい圧を纏っていた。 「親不孝な子。何を以てそう仰られているのか。生まれ方など、生まれて来る本人には選べません。…産み方なら、産む方が選べるでしょうがね。」 珍しく皮肉混じりに笑う西谷は、何だか笑っているのに恐ろしい。 「産まれた子供への責任は産んだ親にあるものでは?」 「…ぁ、…、」 真っ青になった母と父に、西谷は静かに言い放った。 「良い歳をして、保身の為の責任転嫁は辞められる事だ。」 父がカッとした様子で西谷を睨んだが、その目には覇気が無い。18の若造に言われても言い返せない事をしてきた自覚が、少しはあるんだろうか? 「…今日は、番になった御報告と、余さんは私の番として西谷の家に入る事。それから、余さんとの関わりを一切断っていただく事の"お願い"に参りました。」 「…は?」 「余さんに関しての権利の一切を放棄していただく。」 「何を勝手な事を。余はまだ未成年だろう!」 そんな普通の親のようなセリフ、初めて聞いた。つか、俺の歳を覚えていたらしいのが意外だ。 「確かに普通の婚姻に関しては婚姻年齢は引き上げられましたね。ですが番婚に関しては、Ωには16歳から番を結ぶ権利が自由意志で認められています。…聞くところによると、ご婦人も16でこちらへ嫁いで来られたとか?」 あくまで冷静な西谷の反論と、突かれて痛かったらしい、初めて聞く両親の婚姻事情。よく自分達の事を棚上げしたもんだと感心。 父は苦虫を噛み潰したような顔になったが、俺は笑いを噛み殺すのに必死だった。 βよりも平均寿命が短い傾向にあるΩは、出産年齢のリミットが来るのも早い。そんな理由で、Ωの婚姻年齢は16歳のまま据え置かれている。 「…だが、関係を断つと言うのは…。」 言い淀む父。兄達は訝しげな表情で顔を見合わせるばかりで、祖父母も反応は似たようなものだ。 「今更、体裁を気にして勿体をつけるのはおよしなさい。」 呆れたように言う西谷。 俺もそう思う。今迄存在を無視しておいて、今になって何で妙なところで引っかかってんだ。 …は、まさか、政略結婚に利用するつもりだったんじゃないだろうな。 この父なら十分有り得そうでゾッとする。 西谷は父と母、他の家族の顔を一人一人確認するように見ながら言った。 「余さんは私が連れていきます。あなた方には余計な存在でも、私にはこの世界にたった1人の大切な人だ。 二度と返さない、こんな冷たい家には。 後日、ウチの弁護士から連絡が行くと思いますので。 じゃ、帰ろうか、余。」 俺を促しながら立ち上がった西谷に、父が問い返した。 「…弁護士?」 父と母が怯んだ。 「はい、ウチの顧問弁護士が。できれば、きちんと対応して下さる事をお勧めします。こちらとしては、粛々と手続きに応じて下されば、事を荒立てる気はありません。 荒立てたいと仰るなら、話は別ですが。 因みにですが、こちらには犀川シズさんの関係者も居りますので、悪しからず。」 キンッ、と冷たい空気が場を支配する。 真っ青になって額から冷や汗を流しながら、それでも物言いたげな兄達。苦渋の表情の父、俯いたままの母。訳のわかっていない祖母に、神妙な顔の祖父。 こんな連中と俺の血が繋がっているのか、と少し萎えた。 「では、よろしく。」 そう言って父母に頭を下げた後、西谷は見た事もない顔でにやりと笑った。
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