バスラの王子バショウ

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バスラの王子バショウ

 海洋国家バスラ王国の南方に広がるヨーテ湾から更に先、アステリア海域と呼ばれる海の奥深くに、イタズラ好きで物知りな妖魚族ヘイラルたちの国、ダリオテレスがあった。 「なんだよ。今日はえらくご機嫌だな」  ダリオテレスの第七皇子で、皇太子の近衛騎士団長を務めるウルスは、年頃になって減らず口を叩くようになった、第四王女で妹のラルーカの扱いに困っている。 「ふふーん。そりゃご機嫌にもなるわよ」  そんなラルーカが鼻歌を歌い、あまつさえわざわざウルスの部屋に乗り込んで来て笑顔を見せるから、つい声を掛けたのだ。 「何があったんだって聞けばいいのか」 「今日はね、お忍びで陸に遊びに行って来たの」 「ああ。なるほどな」 「そして遠くからだけど拝見できたのよ!マーラルたちが騒ぐのも頷けるわ。とにかくとても麗しい王子様だったのよ」  黄色い声で騒ぐラルーカがご機嫌な理由に見当がつくと、ウルスは途端に話題に興味が無くなる。  最近話題のバスラの第二王子、バショウがとんでもなくイケメンだと騒ぎになっているからだ。  燃える紅蓮に銀が混ざった珍しい色味の髪。日に焼けて引き締まった褐色の肌。すらりと背が高く、凛とした顔立ちは、ふとした時に見せる笑顔に少女のようなあどけなさを残した、いわゆる美少年だと聞く。  なんでもバショウ王子は、幼少から病弱で塞ぎがちな皇太子のスザクに代わり、最近になって本格的に政に加わるようになったそうだ。  スザクの面子のためか、あまり表立っては活動していないようだが、その控えめな態度も好感が持たれる要因なのだとか。 「へっ。たかが人間だろ」  妖魚族は人間とは一線を画す美麗な種族であり、なんと言っても他に類を見ない金色に輝く瞳が印象的だ。   ウルスは呆れたように吐き捨てると、窓に映る自身の姿を見つめる。  猛々しく金色に輝く瞳、緑がかった黒の艶めいた髪。鱗が浮かぶ青磁のような妖魚族独特の白い肌。鍛え上げた逞しい体つきでも、どこか貧弱に見えてしまう。 「これだから脳筋は、はぁ。ほら!見てみなさいよ、バショウ様の姿絵買ってきたの」  ラルーカが得意げに広げた姿絵を見て、ウルスは思わず息を呑んだ。 「…………っ」 「どうよ、これこそ本物の選ばれし王子様よ」  満足そうに得意げな顔をするラルーカの声で我に返ると、ようやく絞り出した声でせせら笑う。 「た、大したことねえな」  嘘だ。あまりの美しさにひと目で心を射抜かれた。ウルスはこんなにも美しい人間を見たことがない。 「はあ?美意識死んでるんじゃないの」  ラルーカがゴミでも見る目をウルスに向ける。 「姿絵なんか盛って描いてるもんだろ。絶対本人は大したことねえよ」  いやいや有り得ない。必死に否定を口にして頭の中を振り切ろうとする。  相手は人間で種族も違うし、あまつさえ王子様、つまり男だ。ウルスと同じモノが股間に付いているということだ。  ウルスは誰よりも女が好きだ。しっとりと肉感的な豊かさを湛えた女性らしい女が好きだ。  確かにバショウの顔は美しい。しかし美麗ではあるが精悍な顔つきだし、すらりとしていて曲線的な体つきでもない。やはりどう足掻いても男なのだ。 「は?ちょっと自分が男前とか騒がれてるからって、全然路線の違うイケメンに嫉妬?みっともないわね」 「ラルーカ、お前なぁ」 「いいわ。直接ホンモノを見に行きましょ」 「は?」 「近々バスラで第三王女の成人を祝う舞踏会が催されるの。上のお兄様たちなら正式に招待されているでしょうけれど、ウルス兄様は七番目だからお誘いもなかったでしょ?」 「ああ、確か護衛を付けるかどうするかって、いつかの朝会で聞いたような……」 「はあ。ホントにいい加減なんだから。仕方ないから私からエドルクお兄様に頼んでみるわ」  エドルクは同じ母を持つダリオテレスの第一皇子、つまり皇太子だ。 「おいおい、兄貴に頼むってまさか、国を背負ってそんな舞踏会に出ろって言うんじゃないだろうな」 「バカね、そんなこと出来るワケないでしょ。お兄様のおそば付きとして潜り込むのよ」 「そんなの兄貴が許す訳がないだろ」 「そのために説得するんでしょ!近衛騎士団長自ら警護するのよ?一番違和感がない方法じゃない。ホント脳筋の相手は疲れるわ」  そう吐き捨てると、ラルーカは早速エドルクの元へ向かうためか、ウルスの部屋を出て行ってしまった。
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