目を、奪われる

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目を、奪われる

◇◆◇◆  八日後の晩。  ラルーカの宣言通り、妹に甘いエドルク皇太子は近衛騎士団長であるウルスを伴って陸に上がり、バスラ国の宴席に顔を出していた。  ダリオテレスを代表して、皇太子のエドルクがバスラ国王ウズマや、本日の主役である第三王女ミズキへの挨拶を済ませると、そのそばに控える漆黒の軍服に身を包んだウルスにも周囲の視線が注がれる。  人間とは全く異なる美麗な種族で、滅多に陸に上がらない——実際にはお忍びで陸に上がるが、ヘイラルがよほど珍しいのかフロアがざわついている。  エドルクは皇太子然とした物腰の柔らかい知的な顔立ちをしているが、同じ母から産まれたウルスは隔世遺伝か、男臭く目付きもどこか鋭利で、兄のそばに居ると見た目の冷酷さが際立ってしまう。 「ウルス、お目当てのバショウ王子がそろそろお見えになるよ」 「お目当てって、やめてくれよ」  エドルクに困惑した顔を向けるが、ウルスの胸は確かに恋する乙女のように高鳴っている。  相手は男じゃないかと自分を叱咤しながらも、現実にあんなにも美しい人間が存在するのなら、ひと目でいいからこの目で観たいと思ってしまうのだ。  兄である皇太子の揶揄いを受け流していると、途端にフロアの空気が変わるのを肌で感じた。  ———バショウが登場したのだ。  生成りのバスラの民族衣装に身を包み、褐色の肌に映える黄金の装飾品を身に付けて颯爽と歩く姿は、なるほど堂に入っている。 「ほう。私も直接お目に掛かるのは二度目だが、以前お会いした時よりも妖艶さが増したようだね」  エドルクは驚いたように目を丸くしてから、隣で惚けるウルスに口くらい閉じたらどうだと肩を揺らす。 「…………」  ウルスは声も出なかった。姿絵が盛って描かれているなんてとんでもない。それどころか描き損じたと言わざるを得ないほどバショウは美しい。 「さて。国賓として招かれた訳だから、バショウ王子にもご挨拶に伺わなければね」 「へ?」 「その惚けた顔をどうにかしなさい。頼んだよ、近衛騎士団長」  小さく咳払いをすると、エドルクはすっかり皇太子の顔になってフロアを悠然と歩いていく。  ウルスはその後を追うように、高鳴る胸を落ち着けるように静かに深呼吸を繰り返しながら足を進める。そしてバショウの目の前に辿り着いた時、またもや大きく息を呑んだのだ。  エドルクと楽しげに会話するバショウの声は、少しハスキーでどこか甘い。  涼しげな目元には長いまつ毛が揺れ、微笑む唇はぽってりと肉厚で扇情的だ。それに噂通り、凛とした表情が笑顔を浮かべると幼い少女のような可憐な美しさが滲み出る。  あまりの美しさに、その姿を焼き付けるように凝視していると、エドルクがそれを注意するように小さく咳払いして、ようやくウルスは我に返る。  エドルクに倣って最敬礼をして踵を返すと、ウルスの頭の中はバショウでいっぱいになった。
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