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店は古びた町工場といった風情で、鉄骨むき出しの屋根に、これまたむき出しの蛍光灯が頼りない光を放っていた。
店員はじいさんが一人きり。白衣に爆発したような白髪頭。眼鏡のレンズが、マンガでよく見かける牛乳びんの底みたいだった。
俺が客だと告げると、じいさんは工場の奥に引っこんだ。
ボロいスニーカーにつっこんだ足先が、冷えた床にしびれたころ、じいさんはでかい台車とともに戻ってきた。台車の上には、白いワンピースのすそを華麗に広げた女が横たわっている。目をつむっていた。
どう見たって人間だ。美人がなにかの冗談で、ロボットごっこをしているのかと思うほどだ。
「この子の名前はノゾミじゃ。かわいがってやってくれ」
これから死のうとしている俺に対して「ノゾミ」とは、ずいぶん皮肉な名前じゃないか。
「じゃ、起動するかの」
じいさんがノゾミの黒く長い髪を引っぱると、ガコッと金属質な音をたてて頭のてっぺんが丸くあいた。
うわっ、本当にアンドロイドなんだ。せまいスペースに精密な機械がぎっしりと詰めこまれている。
じいさんは細く長いドライバーのようなものをさしこみ、機械の中をいじくっている。分厚いレンズの奥の目は、真剣そのものだ。
もしかしたらこのじいさん、ノゾミを作った科学者なのかもしれない。
カチリと澄んだ音が鳴ると同時に、ノゾミのまぶたが上がった。瞳が青く光り、藍色へとかわり、やがて黒に落ち着く。
「よし、これでオッケーじゃ。持っていってくれ」
「あの、操作マニュアルとかないんですか?」
「ないない。ぜんぶ、ノゾミが自分でやってくれる」
「壊れたときは、どうすれば?」
「ノゾミが自分で直すから、大丈夫じゃ」
たしかにチラシにはそう書いてあった。だが、どうにも不安だ。
なぜなら、今の作業を目の当たりにしてよくわかった。ノゾミは俺なんかが想像するよりも、はるかにハイテクなマシンなのだ。そんなものを、ど素人の俺が上手くあつかえるのだろうか。
あ、そうだ。
「アフターサービスは万全だって書いてありましたけど」
「おお、その通り。不要になったときは、ノゾミを持ってくるがよい。その場で半額を返すからの」
なんだよ、アフターサービスって返品のことなのか。使い方とか、困ったときの相談じゃないのかよ。万全というには、頼りないな。大丈夫かな。
しかし、モヤッとした気分は、一瞬でスカッと晴れた。
「さあ、お外に行きましょう」
ノゾミが俺の腕をかかえこんで、笑顔を見せたのだ。
目の前で花が咲いたのかと思った。まるで白く輝く百合だ。殺風景な店内がパッと明るくなる。
代金を払った。値段はチラシの通り五百万。俺の体と引き換えにした金で、ノゾミと出会えたことに運命を感じた。
「それでは博士、いってまいります」
おいおい、博士だって? てことは、やっぱりこのじいさん、科学者なんだ。
「返品の期限は一週間じゃからな」
意外とサマになった博士のウインクに、俺たちは送り出された。
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