万全のアフターサービス

5/10
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 店は古びた町工場といった風情で、鉄骨むき出しの屋根に、これまたむき出しの蛍光灯が頼りない光を放っていた。  店員はじいさんが一人きり。白衣に爆発したような白髪頭。眼鏡のレンズが、マンガでよく見かける牛乳びんの底みたいだった。  俺が客だと告げると、じいさんは工場の奥に引っこんだ。  ボロいスニーカーにつっこんだ足先が、冷えた床にしびれたころ、じいさんはでかい台車とともに戻ってきた。台車の上には、白いワンピースのすそを華麗に広げた女が横たわっている。目をつむっていた。  どう見たって人間だ。美人がなにかの冗談で、ロボットごっこをしているのかと思うほどだ。 「この子の名前はノゾミじゃ。かわいがってやってくれ」  これから死のうとしている俺に対して「ノゾミ」とは、ずいぶん皮肉な名前じゃないか。 「じゃ、起動するかの」  じいさんがノゾミの黒く長い髪を引っぱると、ガコッと金属質な音をたてて頭のてっぺんが丸くあいた。  うわっ、本当にアンドロイドなんだ。せまいスペースに精密な機械がぎっしりと詰めこまれている。  じいさんは細く長いドライバーのようなものをさしこみ、機械の中をいじくっている。分厚いレンズの奥の目は、真剣そのものだ。  もしかしたらこのじいさん、ノゾミを作った科学者なのかもしれない。  カチリと澄んだ音が鳴ると同時に、ノゾミのまぶたが上がった。瞳が青く光り、藍色へとかわり、やがて黒に落ち着く。 「よし、これでオッケーじゃ。持っていってくれ」 「あの、操作マニュアルとかないんですか?」 「ないない。ぜんぶ、ノゾミが自分でやってくれる」 「壊れたときは、どうすれば?」 「ノゾミが自分で直すから、大丈夫じゃ」  たしかにチラシにはそう書いてあった。だが、どうにも不安だ。  なぜなら、今の作業を目の当たりにしてよくわかった。ノゾミは俺なんかが想像するよりも、はるかにハイテクなマシンなのだ。そんなものを、ど素人の俺が上手くあつかえるのだろうか。  あ、そうだ。 「アフターサービスは万全だって書いてありましたけど」 「おお、その通り。不要になったときは、ノゾミを持ってくるがよい。その場で半額を返すからの」  なんだよ、アフターサービスって返品のことなのか。使い方とか、困ったときの相談じゃないのかよ。万全というには、頼りないな。大丈夫かな。  しかし、モヤッとした気分は、一瞬でスカッと晴れた。 「さあ、お外に行きましょう」  ノゾミが俺の腕をかかえこんで、笑顔を見せたのだ。  目の前で花が咲いたのかと思った。まるで白く輝く百合だ。殺風景な店内がパッと明るくなる。  代金を払った。値段はチラシの通り五百万。俺の体と引き換えにした金で、ノゾミと出会えたことに運命を感じた。 「それでは博士、いってまいります」  おいおい、博士だって? てことは、やっぱりこのじいさん、科学者なんだ。 「返品の期限は一週間じゃからな」  意外とサマになった博士のウインクに、俺たちは送り出された。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!