《1》

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 ふと空を見上げると、すっきり晴れた青空が広がっていた。初秋の空は少し青みが薄くなっていて、真夏の粘りつくような暑さとは微妙に違う爽快感がある。晴れやかってわけじゃないけれど、失恋したことも大したことじゃないような、どこか白々しい風みたいな珍妙さが心を占めていった。  今日の雲はちょっと夏の名残りを感じるなあ。入道雲がむくむくと、綿菓子を作るように膨らんで、その中に黒い穴があって、その穴からは人が落ちてきて──? 「えっ!? 人ぉ──ッ!?」  穴が急速に閉じると同時に、地面と激突した人。高度何百メートルから落ちてきたのか分からないけど、とりあえず生きていられる高さではないだろう。とは言え、血をぶちまけているわけではない。その人は動かない。私も足が(すく)んで動けない。  声も出せず、しばらく遺体らしきそれを見つめた。すると、それは唐突にむくっと起きて、見慣れた制服についた砂を払った。  何だろう、この人、私にそっくりだ……  髪型も、黒子(ほくろ)の位置も、顔も体型も何もかも、鏡に映った自分のようだ。  思っていた以上に振られたダメージがあるのかな。空から人が落ちてきて、それがまさか自分に似ていて、きっと夢だ。よし、早く帰って寝ようと、私はこの場を立ち去ることに決めた。これがもしドッペルゲンガーの類なら、関わらない方が賢明だ。ネガティブな態度を取らず、和やかに挨拶をして去る。それが最善の方法だと何かで読んだ。 「ごきげんよう。では、私は失礼しますね」  お辞儀をし、くるっと背を向けた。すると私によく似た私が、私の手首を掴んできた。 「待って! みゆきに話さなければいけないことがあるんだ」  彼女は私の声で、私の名前を呼んだ。不気味だったし、怖かった。だけど手首を掴む手は温かかった。彼女の存在が何かを考えるより、きゃあと叫んでおきたかった。 「みゆきの運命に関わることなんだ。その前に心構えを説いておかないといけない」  おずおずと振り向くと、私の顔をした彼女は真剣な面持ちだった。間違いなく嫌な予感がして、思わず訊いた。 「心構えって、何ですか?」  すると彼女はにこっと笑い、近くにあったベンチを勧めてきた。よく晴れた初秋の気温はやや高く、立ったまま話すとくらくらする。何かで読んだドッペルゲンガーに出会ったときに取る態度を改めて思い出し、とりあえず何か伝えたいらしいので、私は彼女の話を聞いてみることにした。
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