《2》

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《2》

「私の名前は(くり)(やま)みゆき。そう、きみと同じ名前だ。て言うか、きみとまったく同じ人。唯一違うのは、住んでいた世界が違うってこと。簡潔に話すからよく聞いて」  この状態をクラスメイトが見たらどう思うだろう。同じ顔をした私が二人、非常に近い距離で話している。変な噂になるかも知れないし、怖がられるかも知れない。姉妹のいない私が実は双子でした、と言って信じてくれる人はどのぐらいいるだろうか。 「ちょっとみゆき、真面目に聞いて。時間がないんだ」  怒ったように言うから、彼女の目を見つめた。真っ直ぐ私を見る瞳に偽りはない。これが幻覚だとすれば、目の前の私は何を伝えようとしているんだろうか。 「いいかい。まずは漢字を思い浮かべてほしい。勝つ、負ける、勝負だ。その文字を当てはめて、世界を(しょう)(かい)()(かい)(へい)(ぼん)(かい)の三つに分類してみる。完全に文字の通りだ。私は負界から来た。きみが暮らしているのは平凡界。みゆきはさらにもう一人いて、彼女は勝界に住んでる。私たちは生まれた瞬間三つに分かれ、それぞれの世界に飛ばされた」  新手の宗教か、やはり白昼夢か。私はその話を信じられない。でも、目の前でみゆきを名乗る彼女はいたって真剣に、話を続けていく。私はろくな相槌も打てず、どこか()()(ごと)みたいに聞いている。 「最初に勝界についての話だ。言ってみればそこは天国。勝界に住む者は全員が勝者だ。何かに負けるという概念はないし、したいことは何でもできる。どんなに大きな夢だって簡単に叶う。努力なんて必要ない。やればやっただけ成果が出て、全員がセレブだ。病気を患うこともない。怪我をすることもない。誰もが成功を約束されている素晴らしい世界だ。恋も叶う。友達なんか作りたい放題だ。いじめなんか存在しないし、平和で裕福で希望に満ち溢れている。未来の不安なんか、基本的には誰も持っていない」  それは本当に天国だ。でも、私は不意に疑問が湧いた。 「とても良い世界だと思いますけど、ありえないと言うか、無理じゃないですか。全員の恋が叶うわけないし、全員が勝ったらそもそも勝ちの概念がなくなるし。誰かと競う必要もなければ、達成感も得られないのでは?」  言うと、目の前の彼女は、ぽんと一回、膝を打った。 「さすがに賢いね。その通り。勝界に住む者は、何でも手に入れられる代わりに、何かを達成した喜びがない。努力しなくても何でも叶っちゃうからね。頑張ることの意味が分からないから、全部当たり前なんだ。あまりに全てが当たり前だと、意欲を持つこともできない。あらゆる欲が消失しているから独占欲もない。だから全員の恋が叶うわけだ」
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