《2》

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 彼女はそこで腕組みをし、問いを投げてきた。 「きみは、勝界と負界なら、勝界に行きたいと思うだろう?」  そんなことは考えなくても当然だ。負界に行くメリットがてんで見えない。 「でもね、ここで注意しなければならないのは、勝つことの意味がないことなんだよ」  そう言って、その理由を述べ始めた。 「頑張らなくても何だって望みが叶うことは、すなわち人を怠惰にさせる。恋がしたいからきれいになる。お金を稼ぎたいから勉強する。子どもに投資する。株に投資する。何をしたって結果は成功しかない。失敗することがないんだ。結果、どうなるか。負界からお金を巻き上げているせいで、勝界に住む者は働く必要がない。自己顕示欲も生まれないから、アクションを起こす意欲がない。家にいて寝ているだけでお金は貯まっていくし、家から外に出て異性に声をかければすぐに恋が始まる。よく考えてごらん。たとえば小説を書いてみたいなーと思えば、処女作が必ず大ベストセラーになる。すごく未熟なのに、みんなから褒められる。誰も酷評しない。みんながこぞって褒めるんだ。そうすると向上心は持てない。その次の作品をすごくテキトーに書いて発表する。みんながこぞって褒めて大ベストセラーになる。話が面白いかどうか、文章表現が上手いかどうかなんて考えると思うかい。どの職業にしても同じだ。何をしても必ず成功する。これ、実はものすごくつまらないことなんだよ。有り余るほどお金を持っているのに、ギャンブルをすれば必ず勝つ。いくら使ってもお金は減らない、むしろ増える。だから意欲なんて持てないんだ」  きらきらしているように思えた勝界が、途端にグレーな世界に感じられた。考えてみれば本当にそうだと思う。人生は努力して実らせるから輝きがある。山も谷もなく終始幸福で進んだ小説がハッピーエンドで終わったところで感動なんて一つもない。 「さて、ここで先ほど後回しにしたことを話しておこう。勝界と負界に住む者にはね、避けられないものがあるんだ」  私の顔をした彼女が、きりっと顔を整えた。さすが負界で辛酸を()めているだけあって、その表情は普段のボケボケした私とは全然違う厳しさがあった。 「今、みゆきが住んでいるこの世界は、平凡界と言う。夢を叶えるためには努力しなくちゃいけないし、恋を叶えるためにも試練がある。事実、今日きみは智哉くんに振られたろう。まあ、それが一つのトリガーになったわけだけど、勝界のみゆきは智哉くんと付き合っているし、彼以外にも恋人が百人以上いる。逆に負界に住む私は、彼と付き合うどころか、好意そのものを(いだ)いていない。負界で相思相愛はご法度だ。幸福な気持ちを味わうと均衡警察が来てしまう。均衡警察に接触されただけで住民税が1000パーセント上がるんだよ。ちなみに基本的な住民税は所得と同等額なんだけどね」
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