《2》

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 そこで彼女は、こほんと咳ばらいをした。 「ごめん。話がずれた。大事なことはそこじゃないんだ。要するに、きみが暮らす平凡界が勝界と負界の基準になってるってこと。勝界の住人が恐れているのは、まさにここでね。さっきも言ったように、勝界の住人は一生涯病気しないし怪我もしない。逆に負界の住人は誰しも不治の病を抱えている。でも、死ぬタイミングは平凡界に住む者が基準なんだ。つまり、みゆきが二十歳で死ねば、勝界と負界のみゆきも同じ日に死ぬ。ずっと健康な勝界のみゆきにしてみれば唐突だね。負界の私にしてみれば苦しみ続けて、でもやっぱり唐突だね。それと同じく、みゆきが持つ夢や恋は、勝界で完全に叶うし、負界では決して叶わない。きみの理想は勝界でその通りになるし、きみの不安や恐怖は負界で現実のものとなる。きみが二人のみゆきの基準になっているわけだから、少なくとも負界の私を楽にしようと思えば、マイナスの感情は何も持ってはならない。きみの心にあるマイナスの感情は、そのまま私のリアルになってしまうからね」  二人分の人生を背負っていると考えたら、自分の肩に重たいものが乗っかった感じがした。まあ、勝界は幸福しかないんだろうから別にいいけど、目の前の彼女の不幸を私が作り出していたと言われると良い気分にはならない。私はそこまで性格悪くないと信じたい。それに、マイナス思考はわりとある女だと思うから、失恋してしまった今日なんか、うじうじ考え出して止まらなくなる可能性が高い。 「で、さっきのトリガーの話なんだけど」  負界のみゆきが、ぴりっと表情を引き締めた。 「三つの世界にいる一人の人間が、いつまでも同じところに留まるのは良くない、という基本的ルールがあってね。私たち三人は、互いに一度か二度、居場所を交換できる。いや、交換しなければならないんだ。そのタイミングは、平凡界にいる存在にとって人生を左右する何かが起きたとき。はっきり言ってしまえば、きみは今日、智哉くんに振られた。勝界にいるみゆきは、智哉くんと婚約している。それが今日、崩れた。つまり、三つの世界の基準となるきみが、不幸になったタイミング、ということだね」  言って彼女は、腕組みを解き、私の右手に左手を重ねてきた。温かい手のひらが、やけに嫌な予感を生み出してくる。
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