プロローグ

1/3
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ

プロローグ

 『世界』とは、無限に広がる宇宙の、星のきらめきのように数多と存在している。  その世界のうちの一つに、1頭のドラゴンがいた。  そのドラゴンは黒き鱗を鳴らし、死を呼ぶ咆哮で世界の半分を滅ぼした。そして滅ぼした世界の半分を己の領地とし、あらゆる種族、果ては死霊をも従えて世界のすべて…世界を創造した神たちすらも滅ぼさんと戦った。  神々は自らの身を守るため、苦肉の策ではあったが、人族に神の力の一部を与え、ドラゴンに立ち向かわせた。この人族たちは『勇者』と呼ばれるようになり、共に黒き竜に立ち向かわんとする者たちを束ね、世界の存続をかけ奮起した。  結果として、ドラゴンは勇者に討ち取られた。  討ち取られたドラゴンは、不思議なほど怒りも憎しみも感じていなかった。ただただ感覚のすべてが冷たく、暗くなっていくのを静かに感じ取っていた。  なるほど、これが「死」か。存外、悪くないものだ。  刻々と近づく死の淵で、ドラゴンは不思議なものを見た。己の身体は深き海に沈むように、黒く冷たいものに包まれていき、そして身体からは無数の(あぶく)が溢れてくるのだ。その一つ一つに、懐かしき光景が映るのである。  これが、走馬灯であるか。 重い腕を伸ばし触れようとすれば、触れるより先にむざむざと散っていく記憶たち。凄惨たる光景の中で、たった一つの、温かな光を見つけた。    ドラゴンは思い出した。  それはまだドラゴンの幼きころ、気の遠くなるような過去の記憶。格上の魔物と戦い衰弱した自分を、かいがいしく介抱してくれた一人の少女。その少女が作ってくれた『粥』という食べ物。どんな味だったかはもう思い出せない。ただ温かく、身体と心を癒してくれた。その記憶だけが残っている。    ドラゴンは腕を伸ばそうとした。だが、もはや腕と呼べるものはそこになかった。声も出なかった。顔も半分以上なくなっていた。何もできず、己から遠ざかる泡をただ見つめるしかなかった。  やがて、目と呼べるものも消え失せ、ドラゴンは「無」となり果てようとしていた。  ドラゴンは思った。    あぁ…次があるのならば…次があるのならば…    「ただの人の児となり、温かい食事がしてみたい。」    これは贅沢過ぎる望みであろうか。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!