押して引いて効果かな……?

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押して引いて効果かな……?

「あの、別れたって本当ですか?」 小動物が目を潤ませて私を見上げている。 人気の無い廊下、薄暗い階段下でも花を背負った可憐な妖精が、ぷるぷると小刻みに震えていた。 「本当よ」 「そ、そうなんですね。あの、すみません。失礼なこと聞いちゃいますけど、その、どちらから……?」 「私」 「えっ?! あ、いえ」 うん。この子も分かりやすい。 サークルが始まる前に、二人きりで話したいと言われた時から何となく想像がついてたけれど。 ドクズも罪な男だ。 あんなに寧々ちゃんにベッタリだったのが、手のひら返したように見向きもしないんだから。 恋愛の駆け引きなんて知らないけれど、擦り寄って来てた男に突然そんな扱いをされれば、面白く無いし気になってしまうだろう。 ドクズにそんな気はなかったかもしれないが、しっかり術中にハマっている状況に見える。 元カノの私に探りを入れるあたり、寧々ちゃんも満更でも無かった、ということか。 「話はそれだけ?」 「あ、いいえ! その、失礼ついでにもう一つ聞いていいですか? 振ったのなら……未練はありません、よね?」 見た目に反して本当に失礼な子だ。 怯えたような辿々しい口調や態度のわりに、私が振った事に驚いて、更に踏み込んだことまで聞いてくる執拗さ。 妖精改め小悪魔だったらしい。 私は振られる立場だと思ったの? 信じてないから未練の有無を確認するの? イラっとするが、勿論顔には出さない。 問いただすこともしない。 通りがかった誰かに見られたら、確実に後輩を虐める陰険なブス女と指を差されるだろう。 そんなのごめんだ。 美人は得でいいよね。 周囲が美人を悪にしないのだから。 で、未練はないかって? 素直に無いと言うのは簡単だけど。 答えてやる義理はない。 内心のイラつきもあるので頷くだけにすれば あからさまに安堵された。 まぁ、分からなくもない。 最近のドクズは私の周りをぶんぶんと飛び回っているもんね。 まるでハエ。もしくは蚊。 まとめてドクズ科の害虫とでも呼ぼうか。  最低だ。 寧々ちゃんの時は紳士然とした優しいお兄さんで美魔女先生の時は可愛らしい子犬だったのに。 「あ、ここにいたんだ。早く来いよ」 このままサボろうとしたサークルに目敏い害虫に見つかった。 また害虫駆除に励まねばと思っていたら、なんとまぁスルーされた寧々ちゃんが害虫を引き取ってくれたのだ。 ちょっとお時間いいですか、と小首を傾げるあざとい態度で。 「なに?」 「えっと……」 害虫が私の腕を離さない。 それを目線で訴える寧々ちゃんの戸惑いまでスルーする害虫の強心臓よ。 この流れで気付かないほど私は鈍感じゃないが、振り解けない強さに困ってしまう。 迷った末、寧々ちゃんは意を決したようだ。 いや、やめて。 人の告白を聞く場面に遭遇したくない。 でも寧々ちゃんは待ってくれなかった。 「貴方が好きなんです」 やめてやめてやめて。 ぎゅっと目を瞑る。 耳も塞ぎたいが害虫が阻止してるので聞こえてしまう。聞きたくない。もう喋らないで。 「私と付き合って下さい」 ドクンと脈打つ心臓。 核心に触れるそのひと言。 ああ、どこか諦めの境地になる心が憎い。 「無理」 「えっ?」 「だから無理だってば」 「……り、理由を聞いても、いいですか」 「好きな女がいる。その女にだけ愛を誓ったから寧々ちゃんともし付き合っても心はやれない。……む、息子はカモン、いや、違っ、カモ、カモノハシ。そうカモノハシみたいに可愛い寧々ちゃんにはもっと素敵な男が似合うとおも、思うよ」 ニコッと爽やかな笑顔で誤魔化しているけど。全然誤魔化せてないからね。
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