054:シエラザサラサード家

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054:シエラザサラサード家

 森の中を進む。  俺には何処がどうなっているのか。方角が何処を向かっているのかさえ分からない。それでもカイトさんもアヤさんもゲーネッツも確信を持って前へと進んでいる。  いちおうゲーネッツに尋ねてみた。 「何を目印にして進んでいるの?」 「道があるだろ。それもとびきり濃いのが」 「何処?」 「ほらこれだ。枝が折れていたり鉈で切ったあとがあるだろ」  言われて指差されて、ようやくその差異に気がついた。 「ひぃええ。こんな微妙なのを目印にしてるの? すげー」 「はっは。だろ?」  そんな感じの呑気な道行だ。 「魔物が出ないね?」  俺の質問にジェサライムが答える。 「春は獲物が豊富だからね。特に巣立ちを目前にした獣が多い。そういう若い個体は狙い目だからね。わざわざ人間っていう実入りの少ない獲物を襲う魔物は少ない」  なるほどね。さらにジェサライムが語る。 「それに魔物も繁殖の時期だね。まぁゴブリンなんざ年がら年中、繁殖しているけど。ツノウサギとかオークとかが主だな。だからこの時期はあまり出会わないね。繁殖に専念しているんだろうってさ」 「へぇ。ってかジェサライムは詳しいね。何処でそれを聞いたの?」 「うん? 父だ。父は魔物の研究をしている」 「魔物の? あれ貴族って言ってなかったっけ?」  ジェサライムはニコニコしている。 「そうだよ。貴族だね。でも魔物の研究の第一人者と言われているよ」 「魔物の研究の第一人者……って、シエラザサラサード家!」  俺は驚きの声を上げる。 「おっ、やっぱり知ってたか」  そう言って嬉しそうに手を打つジェサライム。 「そりゃ知ってるよ! 各地に魔物の研究者を派遣している!」 「うん。それは爺ちゃんだね」 「お父さんは?」 「うん。現在は領地経営だ。爺ちゃんは完全に趣味。父もそのうち俺に領地経営を引き継いで、飛び出して行くだろうな」 「もしかして根っからの研究者バカ?」 「そりゃもう。だって魔物だよ? これほど研究のやりがいのある生き物がいる?」 「ジェサライムも?」 「そうだよ。僕の研究対象はスライムだね。特にブラックスライムには興味がある」  うは!  どうやらエステラはとんでもない人に目をつけられたかもしれない。 「って、エステラを口説いていたけど本気?」 「ん? 冗談や遊びで女性を口説いたりしないよ?」 「へぇ。でもシエラザサラサード家って名門中の名門じゃん。エステラは貴族とはいえ貧乏な伯爵の娘だよ? いいの?」 「良いんじゃないかな? その辺のことは父が決めるだろうが……でも多分。俺の好きにさせてくれると思うよ。さすがに平民の女の子を連れて行ったら反対するだろうが……」 「でもなんでエステラ?」  するとジェサライムがクスッと笑った。 「まずは君と繋がりがある点」 「そこって利点なの?」 「もちろん。他には錬金術に店の経営を手伝えている点」 「それぐらい誰でも出来るだろ?」 「そうだね。でも多くの貴族令嬢は、そんな経験をしたことがあるとは思えないね」 「それは、そうだろうけど……」 「そして最後が魔物を知っている点」 「知っているたって買い取りをするぐらいだよ?」  俺の言葉にジェサライム。 「普通の貴族令嬢は気持ち悪がって魔物の死体なんて絶対に触りたがらない」 「それは……」 「それだけ君の役に立ちたかったんだろうね。君に認めてほしかった。だからそういう事も厭わなかった」 「……」 「その様子だと知らなかったようだね」 「あぁ。エステラはそんな事は一言も……」 「そう。そういう奥ゆかしい努力ができる点も非常に好みだ。魔物でさえ奥せずにな。勇気のある女性は好きだ」  そうか。俺は何も見ていなかったんだな。彼女のことを……  ジェサライムがクスッと笑う。 「心配しないで。彼女は僕が幸せにするから」  そうか。エステラは自ら手に入れたのか。懸念が一つなくなった。おこがましいことだけどホッとした。 「よろしく頼みます」 「あぁ。任せ給え」
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