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1.始まる。
それは、奇妙な面々でのタッチ鬼だった。
桜も散り切った時季。梅雨の湿り気を感じ取り始めた青葉の鼻先が西日に輝く広めの公園に、五人の少年少女が集まっていた。他には老人が独り、遠く離れた公園の隅のベンチに何かに待ちくたびれたかのように枯れ萎えて凭れているだけだった。
「じゃあ、俺が鬼で始めるぞ。遊び決めたの俺だし」
5人の内、いかにも家の近所の床屋で刈り揃えられたという短髪の少年が、他4名の顔を見回しながら、その決定を確かめた。
「イイヨ!タモツクンで!」
柔らかな金髪を西日に輝かせたイギリス出身の少年、オリバーが大きく頷いた。
「うちも別にタモツでいいよ」
軽くパーマがかった長髪の毛先を指でクルクルといじる少女、チナミがタモツではなくオリバーを見ながら賛同した。
「……わ、私も」
恐る恐ると手を上げたおさげの少女、ヒカは、隣のチナミにも確認するかのようにチラチラと、その目線をタモツと行き来させている。
残りの少年、ウキョウは特に反応する様子もなく、長い前髪で隠れた細長の狐目を更に細くしてタモツのことをじっと見つめていた。タモツにはその視線が痛かった。彼にはその理由に自覚があったからだ。だからこそ、ウキョウがここにいてこれから一緒にタッチ鬼をすること自体に言いようのない不安と奇妙さを彼はずっと感じていた。他のメンバーだって、このような面々で揃って一緒に遊ぶなんて、普段の学校生活からは想像もできなかったはずだと、その不安や奇妙な気持ちの同意を求めるように他のメンバーの顔を見回す。
オリバーはワクワクした顔で開始を待っている。
チナミは横目でオリバーを愛おしそうに見つめている。
ヒカはそのチナミの様子を横目で伺いつつ、タモツの方もチラ見していたが、タモツと目が合ってしまい、俯いてもじもじしてしまう。
――はぁ、とタモツは心の中で深い溜め息を落とした。
そもそもこのメンバーでタッチ鬼が成り立つのだろうか?と、タモツは肩を竦めた。しかし事ここに至っては、という考えで気持ちを奮い立て直すと、念のために再度ルール確認をすることに。
「じゃあ、始めるけど、その前にもう一度ルール確認してもいい?」
「はあ?なんで?」
チナミがあからさまに面倒そうな調子で聞き返す。
「い、いや、何となく心配になって……。ほら、タッチ鬼って、鬼ごっことはまた違うじゃん?だがら、再度確認しておいた方が、間違いがおきて、シラケて中止ッ!ってなんないようにしたいからさ」
「オーケー!ボクはオーケーだよ。オーケーオーケー」
オリバーが陽気に返す。その反応を見たチナミは腕組みをして、「ま、別にいいわ。さっさとね」と態度を一変させる。
ヒカは首肯し、ウキョウはやはり無言でタモツを凝視している。
「うっし!そんじゃ、確認な!まず初めに鬼になった人が、」
まさにタッチ寸前という手指の形から、相手の肩をタッチすることを想定した動きをしつつ、タモツが続ける。
「誰かをタッチする。そんでその人も鬼の一員になって、残りのメンバーを二人で追いかけてタッチする。そうやって最後の一人になるまで他全員がタッチされたら終了。最後に残った人の負け。ただし、」
ここで、タモツはあえて一呼吸分の間を置いた。
「最後の一人の状態以外、つまり残り二人以上の状態で、そのタッチされていない人たちが全員で同時に鬼をタッチした場合、そのタッチされた鬼はタッチされていない状態に戻る事が出来る。あ、勿論だけど、最初の鬼以外の後から鬼になった人限定な。そんで禁止事項だけど、まず、この公園から出ちゃいけないこと。そんで、叩いたり掴んだり石や物なんかを投げたりとかの暴力や妨害行為は禁止な。後は……、うんまぁ、こんくらいだな」
オリバーとヒカが頷き、チナミは鼻を鳴らす。ウキョウは相変わらずの無言。
タモツが「……、うっし!」と柏手を一つ叩いて確認を終える。不安は残るが後は野となれ山となれだ、と自分を慰めつつ移動し、公園の入り口から反対に位置する時計塔の柱に組んだ腕をくっ付け、そこに顔を沈めると、鬼でない者たちが逃げる為の僅かな準備時間を数え始めた。
周囲が木々で埋め尽くされ、その中一杯に200メートルトラック程の砂地の広場が形成されている遊具の乏しい公園内で土ぼこりの立つ足音が雑然と響いた。
が、それは突然に消え、公園内が異常な程に静まり返った。
しかし、タモツは数えながら、まず誰から狙ったら効率がいいか?という戦略的思考に集中していた為、その異変に気付かなかった。そして、
「――8,9,10、っと!」
数え終えたタモツが、
「そんじゃ、始めんぞっ!」
意気揚々と振り返った。
――その公園中央ど真ん中。
そこに、巨大で赤黒い本物の鬼の怪物が輝く西日を遮り地面に暗闇を落として厳然と仁王立っていた。
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