2.決まるまで。

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2.決まるまで。

 学校の昼休み時間だった。  さっさと給食の片付けを終えた男子たちが、競う様に5年3組の教室から飛び出していった。女子たちも各々いつものグループに集まると、おしゃべりしながら廊下へと姿を消していく。給食当番の者たちは早く自分たちも遊びに行きたいのにという気持ちを押し殺して、アルマイト製の食器やトレーの詰まった籠を面倒そうにカチャカチャと運び出し始めた。  そうして、教室内が静かになった。残った数人は昼休みに予定や約束や目的の無い者たちと単にインドア派の者たちだった。  タモツはその中に入っていたが、それは当然だった。  椅子ではなく机に座って、窓越しに、校庭で遊ぶ嘗ての仲良しグループの様子を寂しげな目で眺めていた。  その背中を、トイレから戻ったオリバーが見つけて、声を掛けようと近づいた。が、立ち止まってしまう。結局声を掛けられず、項垂れた様子で自分の席につくと、日本語の話し方についての本を取り出して読み始めた。しかし、やはりタモツの事が気になるのか、本とタモツにチラチラと視線を行き来させてしまう。  給食当番が戻って来た。また少し教室内が騒がしくなった。当番を終えた彼らがその給食着を脱ぎ、壁に掛けた順に足取り軽く再び教室から出ていく。その楽し気な足音や話し声にタモツが我慢できずに振り返ってしまう。  振り返った視線の先、廊下側の列奥の席にウキョウがいて、意図せずに目が留まってしまう。ウキョウは大きな布製の筆入れを出して中身をガシャガシャしている。その彼を数秒見つめたタモツだが、直ぐにバツが悪そうに視線を逸らしてしまう。逸らした先に、黒板の掃除を始める学級委員長のヒカの姿があった。背の低い彼女が、椅子に上がり背伸びをしてようやく黒板の上の方に手が届く位置のチョーク汚れを、両手の黒板消しをうんと伸ばしてなんとか綺麗にしようと奮闘している。  タモツが机から降りると、ヒカに近づいていった。 「委員長、俺、手伝うよ」  それは、ヒカの為というよりも自分の為の申し出だった。  ヒカは突然のことに思わず固まってしまったが、タモツが「自分でやりたいなら、別にいいけどさ」と少し拗ねたように呟いたので、ヒカは慌ててその申し出を受けた。 「じゃあ、え、っと、その……お願い、します」 「うん」  その様子を、オリバーが教室の中央一番後ろの席から眺めていた。彼も急いで立ち上がると、二人に駆け寄った。 「タモツクン、ヒカサン、ボクも手伝います!」  意気揚々と申し出るオリバーに、タモツがやや面食らって頷く。ヒカもまたいきなりの事で少し怯えた様子だったが、オリバーの我が意を得たりという笑顔に圧されて、「じゃ、じゃあ、お願いします」と左手に持っていた黒板消しを彼に手渡した。オリバーが嬉しそうにそれを受け取る。  そのタイミングで、チナミがお手洗いから憂鬱そうに戻って来た。ヒカがオリバーに黒板けしを手渡している姿をちょうど目撃した彼女は「あっ」と声を上げ、続けて舌打ちする。なんでヒカが?そこは自分とオリバー君が――、と憤るが、だからといってそこに割って入って彼に話しかける勇気はチナミには無かった。なら、どうする?と教室内を見渡しながら何かいい方法は無いか?と必死に思考を巡らせる。  教室内に残っている者は自分を除き、黒板前のタモツ、オリバー、ヒカ、そして、廊下側の奥の席で消しゴムにシャー芯を刺して遊んでいるウキョウだけだった。ウキョウはシャー芯を刺す合間合間でタモツたちの方をチラチラと睨みつけている。  ピキーンッ!  そこで、チナミに閃きが降った。 「ねぇ、タモツぅ~。ちょっと来てよー」  教卓に近い自分の席から、誘うような声でタモツを呼んだ。 「ん、なに?」  タモツが黒板けしを置いて、チナミの席へ。チナミは軽くパーマがかった髪の毛先を指でクルクルといじりながら、タモツに上目遣いを向ける。 「タモツさぁ、最近、ユウタたちと遊んでないじゃん?どしたの?なんかあったん?」  チナミ自身、タモツが嫌がる話題であることを分かっていて敢えて当人に吹っ掛けた。タモツはその問いに不快な顔で固まってしまったが、直ぐに突っぱねた。 「か、かんけーねぇだろ!お前にはよ!」  二人のやりとりに、黒板消しの作業を続けるヒカが肩越しに心配そうな目を向ける。  チナミはその彼女の様子を見て、ニヤリとする。 「うちとタモツの仲じゃん!相談乗るって、ね?」 「うっ……」  優しい言葉をかけられたタモツが思わず揺らぐ。しかし、あのおしゃべりで名高いチナミに相談するのはまずい。だからこそ、再び突っぱねて、教室を出て行こうとした。独りでいられる場所に行きたくなったのだ。  そこでチナミがヒカに素早く近づき、目配せと共に耳元で囁く。  聞いたヒカの顔が途端に赤くなる。息を詰まらせ躊躇するが、横から睨みつけてくるチナミのプレッシャーに負けて、紅潮した顔のまま、当に教室を出ようとしたタモツに震え声を投げた。 「タ、タモツ君!その……」  チナミが肘打ちで更に促す。ヒカはギュッと手を握り合わせて、半ばやけくそに続けた。 「その……きょ、今日の放課後!公園に行きませんか!?」  チナミが額に手を当てて、「あちゃー」と声を飛ばす。  チナミの中では、ヒカに傷心のタモツを遊びに誘わせ、それに近くのオリバーが十中八九乗っかってくるので、そこでヒカに自分も誘わせ、この昼休みに4人で空き教室とかで話そう――、というプランだった。にもかかわらず、チナミの「タモツを『今』遊びに誘って。そして、オリバー君がそれに乗ってきたら、うちも誘うのよ?いい?『場所は何処でもいい』わ」という耳うちに、ヒカは『放課後』のことを『今』誘うのだと勘違いし、しかも遊ぶ『場所は何処でもいい』と言われたからといって、まさかの『公園』を指定したのである。屋外の公園でどうやってオリバー君と距離を縮めろっていうのよ?と言わんばかりに、チナミは忌々し気にヒカを睨んだ。  それとは対照的に、突然の誘いとその内容にタモツが「はぇ?」と珍妙な声を漏らす。  彼の反応にヒカが後悔の念を深め、目尻に涙を溜めて俯いてしまう。  それに慌てたタモツが混乱したままで会話を繋ぐ。 「えっ???いい、けど……さ?でも、なんで公園?何するの?」 「わ、え、っと、その……わ、分かんない、です……ご、ごめんなさい!」 「ちっ、どっちも鈍っちーわね」 「ナニナニ?みんなで公園で遊ぶんですか!?ナニしてですか?」 「えっ?みんな?委員長、ここにいるみんなで公園に行こう、ってことだったの?」 「……は、はい」 「そ、それって、このよに――」 「キマッテます!この教室にいる5人です!」  タモツがヒカに人数確認をしようとしたところを遮って、オリバーがテンション爆上がりとでもいう勢いで嬉しそうに叫んだ。  自分も含め、ヒカ、チナミ、まあ、せいぜい近くにいるオリバーの4人だと踏んでいたタモツは、オリバーの口にした人数に疑問符を浮かべる。あと一人は誰――、と教室前方のドアから後方のドアまでぐるりと見回して、ようやくに思い当たる。教室内に残っているのは後一人だけ。廊下側の奥の席で先程からチラチラとこちらを睨んでいたウキョウである。タモツは、まさか、な?という気持ちでヒカに目線で確認する。ヒカも、今初めて気が付きました、と目を見開いた様子だったが、小声で、 「――は、はい。えっと、ウキョウ君を含めた、ご、5人です」  やや混乱したままに言い切ってしまう。  この流れ。危ぶまれた計画実現に肩を落とし掛けていたチナミにとってはラッキーパンチだった。4人だろうと、5人だろうと構わない、その中にオリバーさえ含まれていれば彼女にとって問題なしである。 「いいわね!いいじゃんいいじゃん!んじゃ、5人で遊びましょうよ!何するかは、そうねぇ……、タモツ!あんたが決めなさいよ」  そもそもウキョウ自身はまだ承諾していないにも関わらず、どんどん話が進められていく。当のウキョウはというと、自分を名指しした委員長の声が小さかった為に聞こえず、まだこの事実に気付いていなかった。現に、相変わらず刺したシャー芯の跡で消しゴムに模様を描きつつ、タモツたちの方を時たま鋭く見遣っている状態だった。  チナミの横暴な押し付けに、タモツが仰け反ってしまう。 「うぇっ!?なんで俺!?言い出したのは委員長じゃ――」 「いいから!こういう時は、アンタが決めんのよ。はい、決定!んじゃあ、さっさと決める!」  彼女の強引な決定にタモツは弱ってしまう。男女5人で公園で遊ぶ、しかも、その中にウキョウがいる。ポイントはここだ。さて、どうする?と脳みそを雑巾の如くに握り絞って思考する。なるべくウキョウと接することのない、つまり、会話や行動を共にすることが無いような遊びにしなければならない、と思考に思考を重ね―― 「――タ、タッチ鬼……、タッチ鬼が、いいと思います」 「「タ、タッチおに?」」  オリバーとチナミがハモる。オリバーはタッチ鬼が分からず小首を傾げてしまう。一方で、チナミはハモれたことが嬉しくてオリバーを見たが、直ぐに視線を戻して反発する。 「タッチ鬼、ってあんた!五年生にもなってタッチ鬼するっていうの?」 「え!?だ、駄目なのかよ!?」 「タッチ、鬼……かぁ」  ヒカは何かを懐かしむ顔で、ずっと握り合わせていた手を見下ろした。  ウキョウはというと、まさか自分がその頭数に入っているとは露とも知らず、依然として消しゴムにシャー芯を突き刺しつつ、賑やかなタモツたちの方をチラチラと睨めつけていた。
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