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1.開幕
君は、この学園の噂を知っているか?
「ねぇ、僕……昨日女神様に会っちゃった……」
「え、ぇえっ!? 女神様って、あ、あの……?」
「そう、あの、あの女神様だよ!」
それは月夜に稀に現れるという、謎の美形。
「月の女神様でしょ? 嘘……あれ本当だったんだ」
「そうなんだよ、まさか本当に実在しているなんて僕も思ってなかったから夢かと思ったよね」
「……で? 実際のところ、どうだったの?」
「気になる?」
「当たり前でしょ! ちょっと、勿体ぶらないでよ」
「ふふ……噂は噂通りだったよ。というか、噂以上……かな」
月の光に照らされて、煌めくは流れるような金髪。滑らかで透き通るような白皙の肌に、薄桃色のぷるんとした甘そうな唇。そして、タンザナイトのように時折青色にも何色にも見える淡い紫色の瞳は、どんな宝石よりも美しい輝きを放つ。
――人呼んで、月の女神様。
「えー、そんなに美しいんだ。生徒会の皆様と比べてどう?」
「この世の者とは思えないくらいに綺麗な人だったよ。っていうか本当に人なのかな……本当に女神様だから月の女神様、なんて呼ばれてるのかもしれないって思っちゃう位の美しさだったよ。生徒会の皆様もそりゃ桁外れな美形だと思うけど……月の女神様はそれ以上に……どこか儚くて、でも微笑んだお顔は太陽のように思えるほどに生命力に満ちていて、一瞬一瞬が絵画のような美しさだった」
「そっかぁ、そんないきなり語り出すくらいにはお美しいんだね。いいなぁ、僕も一度でいいから見てみたい」
月の女神様に会いたければ、月夜の晩に奥庭のガゼボに行け。運が良ければ会えるだろう。
って、それ、オレェーーーーーーーーーーー!!!! 俺、俺だから! やめて! なに「月の女神様」って!? 恥ずかしさで死ねるんだけど!?!?!? 誰だよ、そんな小っ恥ずかしい渾名考えたやつ!
何が「本当に人なのかな?」だよ! 人なんだけどぉ!? 生きてますけど! バリバリ普通の男子高生やってるんですけど!?
……おっと、あまりの衝撃に荒ぶりすぎた。コホン。
俺はここ、央道坂蓮守学園に通ってもう2年目に突入した、紛うことなき普通の人間、岬壱瀬。苗字と名前が反対みたい、とかいうツッコミは無しで。自己紹介すると必ず一人くらいはそういうツッコミをする奴がいる。
今、俺の小っ恥ずかしい噂話をしていたのは、誰だか知らないチワワ系の生徒。多分年上。一人でこそこそと購買に行こうとしていたところ、聞いてしまったってわけ。
すぐ近くにいるのに何故バレないかといえば、俺が変装をしているから。
『月の女神』なんていう名称は断じて受け入れられないが、俺は自分が美形であることを自覚している。というか、自覚せざるを得なかったとも言う。この学園に来たのも、変装しているのもこの恨めしいほど整って生まれてしまった顔のせいなのだ。
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