5 鉛筆

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 家に入ったキースはパントリーに寄り道し、段ボール箱から細い瓶を一本手にとった。  タルトタタンに見切りをつけ、今はターシャ・テューダーの真似ごとを始めた母。  感謝祭で実家に顔を出したとき「美味いじゃん」と一言キースが呟いたら、帰りの車に勝手に十本、五リットル分積まれていたアップルサイダー。  リビングのテーブルでは、エマが宿題の「旅人とヤギ」の視写に取りかかっていた。彼は持ち主の機嫌を損ねない程度に、落書き帳や絵本を少しだけ脇に寄せた。 「ママは?」 「あっちでヨガやってる。それなあに?」 「書類」 「見せて!」 「字ばっかりだよ」キースはファイルをぱらぱらとめくった。 「なんだ。字ばっかり」 「だからそう言ったろ……あ」  キースは娘の手にあった濃い鉛筆をさっと抜き取った。 「ちょっとパパ! 返して」 「すぐ済むよ」  ファイルをひっくり返し、ク・ワシュ・ノーアの手紙の裏にさらさらと走り書きをした。  ――俺はリンゴが好きだ。酸っぱいやつが。  そう。残ればいい。たった一人にでも。俺の「トンボ」だ。  彼は満足げな笑みを浮かべた。 「エマ。いつかこれを撫でながら、お前は言うぞ。『パパの字だわ』って」  エマが鉛筆を受け取りながら、きょとんとした表情を彼に向けた。「言わないよ」 「言うさ。さて、パパも旅に出ようかな」 「どこに?」 「遠い星」 「どうやって?」  キースはファイルの表紙を人差し指でトントンと叩いた。「ここから飛んでく」 「ふうん。いってらっしゃい」  妻そっくりのあきれ顔を作った娘に微笑んで、彼はアップルサイダーの栓を開けた。ソファの座り心地を整える。旅支度は完了。  キースはゆっくりとページをめくり始めた。  二十年と二百光年の向こうで。  ク・ワシュ・ノーアが頬杖をついて、彼を待っている。
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