1 放課後の教室

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1 放課後の教室

 どれも良く書けている。  提出された作文に目を通しながら、先生は軽く頷いた。  さっきまで教室にあふれていた子ども達の熱は、しんとした放課後の空気をまだかすかに対流させている。  合格。合格。これも良し……。  そのとき、すっと一枚の作文用紙が机の上に載った。 「……できました」  居残り組の最後の一人が、さも疲れたような顔をして立っている。  さっと紙に目を走らせた先生の喉が、鈴の音のように転がった。「ク・ワシュ・ノーア。これは……」  書き直し。そう言いかけた口が閉じた。  他のは、良く書けている。確かに「良く」書けている。みな同じように。お利口に。  先生はもう一度その子どもの名を呼んだ。 「ク・ワシュ・ノーア。帰って良し」 「やった」  少年はさっと鞄をひっつかんで教室から出て行った。  先生は彼の作文を読み返した。  これは「良い」作文ではない。だが、一つくらいこういうのが混じっていてもいいかもしれない。  これを受け取った相手は、どう思うかしら。
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