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「つう! つう、いらっしゃい!」  母親に呼ばれて、丹頂鶴(タンチョウツル)の子“つう”は、声のした方に長い首をグルンと回した。葦原の向こうに見える母親の頭頂がいつもより赤い。あ、これは少し機嫌が悪いときだ。 「はぁい、なぁに?」  できるだけ従順な振りをして、つうは母親の元に駆けた。 「いてっ!」  母親の鋭い嘴に脳天をガツンと叩かれた。 「アンタって子は、また尾羽を汚して!」  しまった。自慢の純白の羽が泥水に染まって茶色い。葦原の下を流れる沼のアメンボを夢中で追いかけ回していたら、お尻の先まで注意が届かなかった。 「汚れを落としたら、(もり)に行きなさい」 「えっ。杜に……?」 「そう。今夜は長老がお戻りになる。遅れてはなりません」  そうか。朝からなんだか空気が変わったように思ったのは、気のせいじゃなかったんだ。 「はぁい、お母さん」  もう一度素直に答えて、綺麗な小川に尾を浸すと、フルフルと振った。何度か繰り返すと、元の美しい羽色を取り戻した。  つう達の暮らす広い湿原の端に、杜と呼ばれる木立の集まりがある。中央に朽ちた大木があり、その(うろ)の中に“長老”と呼ばれる守護者が訪れる。守護者は、生き物達と神様の間を取り成す存在だと言い伝えられている。そして、湿原に暮らす生き物の子ども達は、大人になる前に長老から教えを受けなければならないのだ。
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