6人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
花束をお願い
固結びになった紐が解ける一歩手前。そんな感覚に心が少々浮き立つ。
帰り道に渡るこの橋。その欄干に括り付けられている花束。最初は気にも留めなかったが、数日ごとに増えていくのだからそうもいかない。
最近、事故があったのか軽くだけど調べてみるも特に情報はなかった。僕が通う中学校でも地味に話題になっていて、ある種の都市伝説的な噂まで立っていた。
その謎を解き明かすチャンスが来たのだ。
今、その花束を括り付けている張本人が目の前にいる。中年の女性だ。
僕はそっと近づき声をかけた。女性は一瞬、驚いた様子だったが、すぐに満面の笑みに変わった。
僕はできるだけ悲しそうな表情を作り、訊ねた。
「どなたか……お亡くなりになったんですか?」
「えぇ、まぁ。ふふふ」
嬉しそうに笑う女性。僕が首を傾げると言葉を続けた。
「割れ窓理論ってご存知?」
「え、あー、一つラクガキがあるとその周りもラクガキされて……どんどん増えちゃうとかってやつですか?」
「そうそう、だからね、この橋に花束を括り付けているの。
誰か真似してお花をお供えしてくれないかなって。
たーくさんあったら嬉しいじゃない?
ね。ね。これからは貴方もお花をお供えしてくれるかしら? ね? 約束してくれる?」
「はぁ、はい……」
僕の手を握り、はしゃぐように顔を上下に揺らすおばさん。勢いに負け、つい同意してしまったけど、別にすっぽかしてもいいだろう。また会うわけじゃないんだ。
それにしても、どういうことだろう? この橋から町を花いっぱいにしたいとか? いや、枯れるだろ。
「良かったわぁ。誰もお花をお供えしてくれないなんて寂しいじゃない? じゃあ、よろしくね」
おばさんはそう言うと、ごく自然な動作で橋の欄干に立ち、僕を見つめた。
「約束よ」
おばさんは僕の視界から消え、間もなくして橋の下からすさまじい音がした。
僕はその音よりも、激しく動く自分の心臓の音よりも油汚れのように耳にこびり付き、いつまでも離れない声のほうを気にしていた。
約束よ。
頭の中で木霊し続ける。いつまでも、いつまでも。
「あの……どうしてフェンスに花束を括りつけているんですか?」
ある日、ショッピングモールの屋上の駐車場で夕日を眺めていた僕に女性が不思議そうな顔をして、そう声をかけてきた。
僕は微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!