岡坂宗介

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 「沙都子さん…」  沙都子さんは、近所にある伊勢嶋医院の院長婦人じゃ。ワシの旧友・京平くんの、息子の嫁にあたるぞい。  最初に言うておくべきじゃったが、この作品めちゃくちゃ登場人物が多いぞい。読者の皆様方は、覚悟して読まれることをお勧めしたい。  伊勢嶋医院と言えば、この界隈で知らぬ者はおらん。うちの接骨院とは、比べ物にならない大きさの個人病院じゃ。親同士が医者と言う繋がりがあったので、京平くんとは戦前からの友人であった。彼はとっくに引退し、病院を息子に継がせて悠々自適の生活を過ごしておる。この度も、医師仲間と海外旅行するとか何とか…。  「ちょうどいいわ。お義父さんの旅行前に、一度ご招待しようと思っていたから。さぁ。いつまでも、そんな所にいては濡れますから」  そう言って、ポルシェの後部座席のドアを開けた。こんな濡れた身で、高級外車に乗らせてもらっていいものかの?ここの家族はみんな、いい意味で自分の家が金持ちだと言う自覚がないんじゃよ…。  後部座席には、彼女の息子の雪兎くんが乗っておってタオルを差し出してくれた。彼も、トオイと同じ男子校に通っておる二年生じゃ。普段は自転車通学じゃが、生憎の雨のため母親の車で帰ったものと思われる。  「トオイ。そうじゃ、トオイ…」  「?トオイ君が、どうかしました?」  運転席から、沙都子さんが聞いてきた。彼女に言うべきか、迷ったが…。うちの接骨院からトオイ宅まで、そこまで離れている訳でもない。だからこそ、何かあればうちを訪ねてきたのじゃ。  彼も、すでに高校生と言う一人の大人。ここは敢えて追いかけはせず、明日またゆっくり話し合うとしよう。そう思って、沙都子さんに車を出してもらった。  沙都子さん…。いつ見ても四人も息子を産んだとはとても思えぬ、若くて美しい女性じゃ。トオイの母親も、負けずに美しく優しい女性じゃった。  トオイは彼女を、とても愛しておったが…。離婚に際して、大人の女性の醜い部分がどうしても目についたものと思われる。男性を愛するようになったのと、無関係ではないかの…。  沙都子さんの運転するポルシェに揺られながら、そんなことを考えておった。
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