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「ソウスケさん。何だか、お顔…赤くていらっしゃる?」
伊勢嶋邸に到着して、沙都子さんが問うてきた。言われるまで気づかなんだが、多少熱っぽい気がするかの?
「嫌だ。雨に当たられたから、きっと風邪を召されたんですわ…。ご安心なさって。うちには医者が、腐るほどいますから」
そう言って、彼女が笑った。確かに現在院長をしている沙都子さんのご主人を含め、息子さんたちもそれぞれ医者だったり医者を目指しているのだとか。おっと。ここにいる、四男の雪兎くんだけは例外じゃがの。
とは言え彼らはいま病棟(自宅とは別の場所じゃよ)にいるので、実際に出てきたのはすでに引退した京平くんじゃ。
「ソウスケくん、やっほー!お久しぶり。沙都子さんの言うとおり、顔赤いじゃない。大丈夫?」
彼もワシと同じく89歳じゃが、年に似合わずフランクな喋り方をしておるよ。軽く診察してもらったが、やはりただの風邪だったそうで。
「珍しいじゃない。鬼の撹乱かな。現役時代、一度も体調崩さなかったソウスケくんがさ」
「いや、まぁ…。年は、取りたくないもんじゃな。しかし改めて、旅行のお誘いを断って良かったと思っておるよ」
そうそう。言い忘れたが、ワシも旅行に誘われておったんじゃぞい。もちろん、丁重にお断りした。旅行は、苦手じゃ。海外はおろか、群馬から県外に出たこともほとんどないぞい。
何だかんだ、もらった解熱剤を飲むと体調も良くなってきた。普段よりだいぶん高級な食事を頂き、遅くなったので今晩は泊めてもらうようになった所…。
急に、目の前が真っ赤になったぞい。いや、比喩表現ナシじゃ。感覚がないが、おそらくはその場に倒れ込んだものと思われる。京平くんと沙都子さん、雪兎くん三人の悲鳴が聞こえた気がする。
続いて、今までの人生が目の前を駆け巡ったぞい。俗に言う、走馬灯じゃな。女房との死別。トオイの両親の離別。トオイの出産。水は大の苦手じゃが、家族旅行では仕方なく茅ヶ崎の海岸に行ったものじゃ。オート三輪との事故で、足を負傷して…。目の前に、誰かいる。誰かが、ワシに告白しておる。これは、女房のいづみではなく…?
「…俺、岡坂のことが…。お前のことが、大好きだ…」
わ、ワシも、男から告白されておったんかい?そう言えば、中学だか高校時代にこんなことがあった気がするぞい…。もしこの告白に応えていれば、今のようにトオイは生まれて来なかったかも知れんのう…。そこまで、考えた時じゃ。
急に、とてつもなく気分が良くなった。目を覚ますと、倒れ込む前にいた三人がワシのことを見下ろしておる。まさしく、驚愕の表情と言うやつじゃな。
「お、おぉ…。京平くん、沙都子さん。それに、雪兎くん…。ご心配、おかけしましたぞい。ワシなら、こうしてピンピンしておる…」
何だか、声が変じゃ。まるで、声変わり前の少年。声優で言うと、あたかも竹内○子さんのような声が喉から出てきおる…?
沈黙の中、最初に声を発したのは京平くんじゃった。
「そ、ソウスケくん。何だか、君…。若返った?」
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