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どのくらい時間が経っただろう。夕日はもう、街の中へ消えかけていた。
手を離して1歩前に出たのは、私の方だった。
「……陽菜?」
「律花、ありがとう」
……ここまで連れてきてくれて。それから、楽しい思い出をたくさんくれて。
「私もね、こんなに楽しかったこと、今までの人生でなかったよ」
また数歩、前に出た。さっき女の子が立っていた辺りだ。思った以上の高さに、少し足がすくむ。
「嫌……やめてよ」
律花の声は震えていた。初めて話した日の私の声を聴いているようだった。
……あぁ、もう少し律花と、友達でいたかったな。
今更そんなことを思った。
でももう、私の決心は揺らぐことはなかった。だって、こうでもしないと、律花は止められない。
また1歩前に出たその時、私は横に突き飛ばされた。
「……ごめん、陽菜。陽菜といるのはすごい楽しい……だけどもう、生きていける自信がないや」
さっきまで私がいた場所に、律花が立っていた。
痣だらけの足を震わせて、包帯が巻きついた腕で細い身体を抱いている。お人形みたいに綺麗な顔は、恐怖に歪んでいるだろうか、それとも涙に濡れているだろうか。
「……律花?」
……彼女は微笑んでいた。
暖かな春の日に、花が咲くような、どこまでも美しい映像を連想させるような笑顔だった。
「陽菜…………」
桜色の唇がゆっくりと動いている。声は聴こえない。私の耳に届く前に、夕日が飲み込んでしまったようだった。
律花の身体も、少しずつ傾いていた。
「律花!」
慌てて伸ばした手は、僅かに届かなかった。
まるで花が散るさまを見ているようだった。
静かに零落する美しい花を、見ていることしか出来なかった。
夏休み最後の日、親友が、零散ていった。
ショッピングモールの屋上。夕日が綺麗な場所だった。
傷と痣だらけでボロボロのお人形みたいな彼女は、それでもやっぱり美しくて……かけがえのないものを私の心に遺して散った。
[完]
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