花、零散る

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「……わ、若桜(わかさ)さん」  放課後、昼休みに「あなたには関係ないでしょ」と逃げられてしまった彼女に、私は話しかけた。 「……なに」  抑揚のない声。まるで話しかけないで、とでも言っているみたいだった。  頬の傷は今もそのまま、綺麗な肌にすっと一筋の赤を描いている。 「傷、手当しに行こう!」 「はぁ? ち、ちょっと!」  私は彼女の細い右腕を掴んで、ブラウスの袖から少し見えた古い痣に気づき、するりと右手を掴み直すと、保健室へ走った。 「失礼します。2年3組、真桐(まきり)です」  そう声をかけたが、保健室には誰もいないみたいだ。 「消毒液くらい借りてもいいよね……はい、座って」  彼女は意外にも大人しく丸椅子に腰掛けた。 「はーい、ちょっと滲みるよー」  消毒液で湿らせた綿をピンセットで挟み、傷口にポンポンと当てていく。正直やり方なんてよく知らないし、漫画やドラマでよくあるシーンの見よう見まねだった。 「なんで私に構うの? ……痛っ」  傷口に滲みたのか、迷惑そうな表情のお人形みたいな顔が少し歪む。 「ごめんごめん……なんでって、若桜さん困ってそうだったから」  彼女の頬に絆創膏を貼りながら、私は答える。 「別にあなたに助けて貰わなくても……」 「陽菜(ひな)」  私は彼女の言葉を遮る。 「はぁ? なに急に?」 「名前。さっきから私のことあなたって言うから。私の名前、陽菜っていうの」 「……よくいる名前」 「うるさい」 「だけど……悪くない名前、だと思う」  傷だらけのお人形は、柔らかく微笑んだ。  まるで春の陽気に花が開いていくような、そんな綺麗な笑顔だった。 「でしょ?」  私も笑い返した。きっと目の前に咲くような、こんなに綺麗な笑顔じゃないけれど。 「ねぇ、若桜さん」 「律花(りつか)」  彼女がそう言うので私は初めて、彼女を呼び捨てにした。 「……律花」 「なに……陽菜」  彼女も私を初めて呼んだ。 「一緒にしようよ……自殺」 「……え?」  お人形のような彼女は、元々大きな目を更に丸くして私を見た。それからどこまでも哀しそうに、けれど怒ったように小さく呟いた。 「……最初からそのつもりで、私に近づいたんだ」  私は躊躇することなく彼女に言った。 「そうだよ」
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