1人が本棚に入れています
本棚に追加
「……わ、若桜さん」
放課後、昼休みに「あなたには関係ないでしょ」と逃げられてしまった彼女に、私は話しかけた。
「……なに」
抑揚のない声。まるで話しかけないで、とでも言っているみたいだった。
頬の傷は今もそのまま、綺麗な肌にすっと一筋の赤を描いている。
「傷、手当しに行こう!」
「はぁ? ち、ちょっと!」
私は彼女の細い右腕を掴んで、ブラウスの袖から少し見えた古い痣に気づき、するりと右手を掴み直すと、保健室へ走った。
「失礼します。2年3組、真桐です」
そう声をかけたが、保健室には誰もいないみたいだ。
「消毒液くらい借りてもいいよね……はい、座って」
彼女は意外にも大人しく丸椅子に腰掛けた。
「はーい、ちょっと滲みるよー」
消毒液で湿らせた綿をピンセットで挟み、傷口にポンポンと当てていく。正直やり方なんてよく知らないし、漫画やドラマでよくあるシーンの見よう見まねだった。
「なんで私に構うの? ……痛っ」
傷口に滲みたのか、迷惑そうな表情のお人形みたいな顔が少し歪む。
「ごめんごめん……なんでって、若桜さん困ってそうだったから」
彼女の頬に絆創膏を貼りながら、私は答える。
「別にあなたに助けて貰わなくても……」
「陽菜」
私は彼女の言葉を遮る。
「はぁ? なに急に?」
「名前。さっきから私のことあなたって言うから。私の名前、陽菜っていうの」
「……よくいる名前」
「うるさい」
「だけど……悪くない名前、だと思う」
傷だらけのお人形は、柔らかく微笑んだ。
まるで春の陽気に花が開いていくような、そんな綺麗な笑顔だった。
「でしょ?」
私も笑い返した。きっと目の前に咲くような、こんなに綺麗な笑顔じゃないけれど。
「ねぇ、若桜さん」
「律花」
彼女がそう言うので私は初めて、彼女を呼び捨てにした。
「……律花」
「なに……陽菜」
彼女も私を初めて呼んだ。
「一緒にしようよ……自殺」
「……え?」
お人形のような彼女は、元々大きな目を更に丸くして私を見た。それからどこまでも哀しそうに、けれど怒ったように小さく呟いた。
「……最初からそのつもりで、私に近づいたんだ」
私は躊躇することなく彼女に言った。
「そうだよ」
最初のコメントを投稿しよう!