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夏休み最後の日、私たちはショッピングモールに行った。
何となく話題になっている映画を見て、適当なカフェで大して面白くなかったねなんて言い合って。
ゲームセンターで所持金を全部使い切って、仕方なく本屋さんで立ち読みをした。
夕方になって、そろそろ帰ろうかという話になった時、律花がさいごに行きたい所があると言い出した。
私の左腕を掴んで、やっぱり何かに気づいて、するりと左手を掴み直すと、彼女は屋上にある駐車場まで走った。
……私も来たかった場所だった。
そこは夕日に照らされる街が、街の中に消えていく夕日が、一望できる場所。
「綺麗だね」
透明な声を夏の終わりの空気に溶かすように、律花は言った。
「綺麗だね」
私もこだまのように、同じ言葉を返した。彼女の耳に私の声は、どんな風に聴こえているんだろう。
「……ありがとう、陽菜」
心からのその言葉に、嫌な予感がした。
「なんで、急にそんなこと……」
「私、生きててこんなに楽しかったの初めてだよ」
「……な、何言ってるの? 明日からは学校で、楽しいこといっぱいしようよ」
返事はなかった。
その代わりに、それを拒絶するかのように彼女は掴んでいた私の手を離した。
「嫌だ」
私は慌てて律花と同じ、血の滲んだ包帯の巻かれた腕を伸ばし、新しい痣の増えた彼女の右腕を取る。
けれど彼女は、痣だらけの足で歩き続けて、フェンスが1部だけ外れた場所、そこから少し離れたところで足を止めた。
「……やめなよ」
言ったのは律花だった。視線の先には知らない少女が立っていた。
あと数歩で落ちてしまうその場所に、思い詰めた顔のセーラー服を着た女の子。
「……ファミレスのサラダうどん」
律花は呟く。意味がわからない、といった様子で、女の子は私たちを見た。
「めっちゃ美味しいから。あれを食べずに死ぬなんて勿体ないよ」
律花はあの日、私の名前を褒めてくれた時と同じように微笑んだ。
「……あなたたちのせいで、死ぬ気分じゃなくなりました」
女の子はバツが悪そうにそう言って、走ってどこかへ行ってしまった。
残された律花と私は、しばらく無言で景色を眺めていた。
手を繋いだまま、互いの体温を分け合うように。
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