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君とあの暗がりを彷徨った日を、僕は絶対忘れない。
「そっちじゃないよ。きっとこっちだよ」
「ジョーク! そんなことないデース! ボクの勘を舐めないでくださーい!」
英単語混じりのカタコトの日本語をすらすらと話す君。そんな君に振り回されるのが好きだった。
「ジャパン! アイラブユー!」
「……え?」
「間違えまーしタ! アイラブジャパン!」
留学生だという君は、日本が大好きだったね。
……記憶が途切れ途切れで、わからないことだらけだ。僕の中にいる僕が邪魔をする。何をするにしても、僕のふりをして君にちょっかいを出す。
せっかくできた友だち……なのに。
「ジャパニーズソードはやっぱりイカしますネ!」
「え? あ……そうだね?」
相変わらずの態度で君は笑う。……気づいてなかったのだろうか?
……それにしても旅行帰りに買ったという木刀で悪漢を難なくなぎ倒していく姿はかっこよかったよ。
「全部倒しマーシ──あ」
足の上に落ちたのが木刀で心底安心したよ……。
記憶が──。
「大丈夫ですカ?」
「あ……うん。ダイジョブ」
中に引きずり込まれそうになった僕を連れ戻してくれて、ありがとう。
できることなら僕はずっと……。
さみしい。
「わかってまース……」
「へ──」
赤い……。
中で、あいつが嘲笑う声がした。これでずっと一緒だと笑う声が。僕のせいだと笑う声が。僕のせい……僕は……
「泣かないでくださイ」
「でも……」
「君のせいじゃないデース」
ダイジョブ。と、弱々しく笑う君は大丈夫じゃなかった。
「ダイジョブ。ダイジョブよ」
それが僕に宛てた言葉なのか、自身に宛てた言葉なのかわからない。
血に塗れたナイフを放り投げる手は震えていた。カラン、と落ちたナイフに僕の血はない。
だって僕は、地縛霊だから。
2つの人格に1つの身体で死んだ僕は、死んでからもそのままだった。
荒れた僕の墓前で血に濡れた君は息も絶え絶えで。
……また、声がする。
「ダイジョブ。約束しまーシタ」
荒れた墓に寄り添うように、君は亡くなった。
自分で命を断つという大罪を犯した僕に許されていいのかと思うほどに楽しかった。
くるくると表情を変える君といるのが楽しくて、楽しくて。今こうなっても尚笑う君に惹かれた。
……楽しかったよ。本当に。本当に楽しかった。僕じゃない僕だとわかってても、変わらず接する優しすぎる君に
「地縛霊も案外楽しいデース!」
……こんな選択をさせてしまってごめん。
このままいけば君の中の僕は消えてしまうだろう。だけど、きっと君とずっといられる日がくるから、どうか待ってて。どうか、向こう側で。
「ねえ、僕とも約束、してくれる──?」
君は幸せそうに口端を上げて、キラキラと光の粒子になって消えていった。僕の手元には、2人で撮った、荒れた墓場だけが写った1枚の写真だけが儚く残された。
「──アイラブユー」
最後に、クスリと笑いながら紡いだであろう掠れたあの台詞が、小さく聞こえた気がした。
数年後。とある大学の中庭──。
「改めまして」
「改めマシテ。アイラブユー」
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