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①ボーリング大会
今日は、会社の創立記念日の為、午前中は仕事、午後からは毎年恒例のボーリング大会。
「やっと仕事が終わったよ」
書類の束を整えながら隣の席の同僚の福田章子が爽やかに言うのを
「そりゃ、ボーリングが得意な人はいいですよねぇ」
私は、恨めしげに見上げると、
「苦手でも、ブービー賞でも賞金が出るみたいだから頑張ってみたらいいんじゃない?」
「えっ、賞金が出るの!!?」
目をキラキラさせながら聞くと、
「そう聞いたけど…」
キャビネットに書類を片付けながら、
「その後の飲み会なんだけど…」
少し小さめの声で、
「松木さんの近くの席に座りたいから協力してくれない?」
「別にいいけど、私は、飲み会の時は、咲桜さんの隣に座るって事になっているから、約束は出来ないよ」
「それでもいいよ。
ただ、みんな飲むと座っていた場所とか変わるじゃない?
それに、今月いっぱいで、派遣契約が終わるから、その前に松木さんに告りたいから…お願い」
「うん、わかった」
私は、キャビネットに書類を片付けながら、そっとため息を吐いた。
以前に福田さんと一緒に駅まで帰った時に、
『松木さんの事が好きだから取らないでね』
と言われたのだ。
私は昔から「××君をとらないでや好きなの」みたいな事を言われるとその人に恋愛感情を持てなくなってしまう。
まぁ、その前に松木さんとはあまり話したことがないので、どんな人かはよくわからない。
それよりもとるとかとらないって、彼らの意思は関係ないのかな?とも思うのだが…。
ボーリング大会は、散々な結果に終わったが、何とか私は、ブービー賞を何とかとることが出来た。
飲み会の場に移り、
「お疲れ様です!
そこ、私の席ですよね?」
ニコニコと笑いながら、咲桜さんの鞄を指差し尋ねると、仕方ないなという感じで鞄をどかして、座れば…みたいな顔をする。
いつものことなので、
「ありがとうございます」
とびきりの笑顔で返すと、
咲桜さんの前に座っている猪原さんが、
「そこに座るのぉ?」
嫌そうに言うが目は笑っているので、
「座りますよ」
「咲桜ちゃんもイヤならイヤだって言わないといけないよ」
「俺は、全然OKだよ」
さっきまでの仏頂面ではなく、笑顔で答えてくれる。
「ですって、猪原さん!」
ちょっと悔しそうな顔を猪原さんはするが、すぐに気を取り直して、二人は仕事の話をしだした。
私は、おとなしくチューハイを飲みながら聞いていると、急に猪原さんが、
「そのピロピロ飲みなんなん?」
「え?」
私は、自分のグラスを見てみると、手持ちぶさただったのか、両手でグラスを持ち、笛を吹くような感じで指を動かしていた。
猪原さんと咲桜さんが私のマネをしながら、
「楽しい?」
飲み方の事なのか、この場の事を言っているのかわからかったが、
「楽しいですよ」
咲桜さんに笑顔を向けると、
「ちょっと、今からトイレに行ってくるけど、ここの席を取られないように見張っててくれるかな?
イノッチも星川さんと一緒にいろよ!」
猪原さんに命令口調で言うと席を離れた。
「猪原さん、咲桜さんの鞄を置いておいたら取られませんよね」
「お前らって、本当に仲がいいよな?」
不思議そうに聞いてきた。
「私と福田さんの歓迎会の時に、何がきっかけか忘れたんだけど、話をしていたら気が合ったんですよ」
「咲桜ちゃんが、あんなふうに笑顔で女の人と話すの今まで見たことがないし、飲み会に来ること自体が珍しい」
「そうなんですか?」
帰って来た咲桜さんに問いかけると、
「ん?」
「私と咲桜さんが仲がいいって、猪原さんが…」
「で、何がきっかけなのかを聞いていたんだよ」
「教えたの?
俺と星川さんとの秘密なのに…」
「秘密って…ただ、このストラップを貰ったことを話そうかな?って思っただけですよ」
私は、携帯に付けているストラップを見せた。
「それって、お昼休みに咲桜ちゃんが渡してた…」
「そうなんです」
私は嬉しくてニコニコしてしまう。
あの時の事は一生忘れない。
「咲桜ちゃんは、星川さんの事、気に入ってるよね??」
「そうだな…可愛い妹かな?」
「ね、お兄ちゃん」
そんな私たちの会話を周りの人たちがニコニコと温かい目で聞いていたことに私達は気付かなかった。
「私、ちょっとトイレに行ってくるので、ここの席を取られないようにして下さいね」
先程の咲桜さんの言い方を真似て言ってみた。
「ん、俺の隣は星川さんの席だから安心して行っといで…」
咲桜さんは、少し酔っているのか機嫌がいい。
私は、そっと咲桜さんの肩を借りて立ち上がり、私がいなくなった後の会話を気にしつつ、トイレに向かった。
トイレから戻ると、上司の松林さんが、
「最近、松ちゃんがメガネからコンタクトに代えたのどう思う?」
「えっ、私に聞かれても…。
私の他にも福田さんにも聞いた方がよくないですか?」
私は、キョロキョロと福田さんを探していたが、
先に松木さんを見つけたため、
「松木さん、私の隣に座ってもらっていいですか?
あっ、福田さんは、松木さんの隣に座ってもらえますか?」
二人が座ったところで、
「さっき松林さんが、最近松木さんがメガネからコンタクトに代えたことについて、聞かれたんだけど…福田さんはどう思う?」
福田さんは松木さんを見ながら、
「いいと思いますよ。
で、星川さんは?」
「私は、構わないと思うけど…もし、付き合ってる人が代えたら、私としたらちょっとショックかな」
「どうして?」
咲桜さんが聞いてきた。
「メガネ姿はいろんな人に見せてるけど、メガネを外した姿は私だけにしてもらいたいかな?
なんて…独占欲が強いのかな?」
咲桜さんがサッとメガネを外した。
「ダメですよ。
ここで外したら他の人が見てるでしょう。
私と2人の時がいいな…なんちゃって」
ペロッと舌を出しておどける。
私と咲桜さんは微笑んだ。
「だ、そうだよ、松ちゃん」
「あくまでも、私の意見…というか付き合ってる人がしたらっていう仮定での話ですから…」
その後は、私と猪原さんは咲桜さんの家族の話を聞いていたので、福田さんと松木さんの会話は聞いてなかった。
いつの間にか始まった飲み会も終わり、二次会のカラオケに行くことになったが、咲桜さんと猪原さんは家族が待っているので帰っていった。
私は、知った顔がないか、キョロキョロとしていると、松木さんがボーッと立ち尽くしていた。
「どうしたんですか?
もしかして、飲み過ぎたんですか?」
「ん?」
私に気づかなかったのか、ビックリした様子で
「そんなことないよ。」
「何かあったんですか?
私でよければ、話を聞きますが…?」
「ありがとう、気持ちだけ有り難く受け取っとくよ。
今日は、カラオケは諦めて帰るかな?」
「じゃあ、私も一緒に帰りますね」
誰も私達を待っている風でもなかった為、二人して駅に向かった。
私は松木さんの事が気になったのでチラチラと見ていたが、そんな私にも気付かず何やら考えているみたいだった。
駅に着き、私達は別れて帰宅した。
ボーリング大会が終わり、今月で仕事が終わる福田さんの送別会が私達の所属する課でしめやかに行われた。
「この間のボーリング大会の時は、ごめんね」
「福田さんに謝られる覚えはないけど…」
首を傾げて言うと、
「松木さんの事を"とらないで"って言ったことだよ」
「気にしてないよ」
「この間の飲み会の時に、星川さんと咲桜さんの会話を聞いていて、星川さんって咲桜さんの事しか見てないんだなって…」
福田さんが何を言いたいのかわからないまま、
「うん?
そうだね」
「少しは、周りを見た方がいいかも知れないよ…ちょっと、中尾課長に挨拶してくるね」
1人残され、福田さんの言ったことを酎ハイをチビチビ飲みながら真剣に考えていた。
咲桜さんの事は、好きだけど…恋愛とは違う…特定の彼氏とかやっぱり欲しいよ…寂しい時もあるから…。
でも、松木さんは何だか違うような気がするんだよね。だから、福田さんに"とらないで"と言われたときに何も感じなかったんだと思う…。
誰かと付き合いたいとは思うけど誰でもいいわけじゃない。咲桜さんは、絶対に違う、それはハッキリとしている…結婚していて奥さんもお子さんもいる。
松木さんのことは…考えた事がないってゆうか、福田さんが『とらないで』って言ったから考えないようにしていたのかな?
わからないけど、いい人だとは思う。
「何を悩んでるの?」
「別に悩んではいないんだけど…」
いつの間にか福田さんが戻っていた。
「福田さんは、松木さんに告白はしたの?」
周りの人に聞かれないように声を潜めて聞いた。
「したんだけど…違ったの」
「?」
「好きな人がいるみたいだし…それに…いろいろと仕方がないんだよ」
よくはわからないが、
「好きな人って?」
「いるみたいだよ。
知らなかったの?」
私が知らないことに意外そうな顔をした。
「うん、知らなかったよ。
飲み会の時も私は、咲桜さんの隣に座ってるし、松木さんとは話をする機会がほとんどないから…」
「松木さんと話すときもあったよね?」
「あったけど、記憶に残らないような事しか話てないような…?」
福田さんには話してないが、二次会でカラオケに行くと私とデュエットしてもらう仲ではある…が、そんなことは言わなくてもいいと思って言わなかった。
「福田さん、次の職場でも頑張って下さいね」
私は、話を終わらせるために、お世話になったお礼の品(クッキー)を渡し終えたところで、送別会も終わりをむかえた。
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