③大事なはなし

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③大事なはなし

電車から降りると松木さんが少し硬い表情で、 「昨日も言ったけど、話したい事があるんだ」 「?」 「部屋に着いてから落ち着いて話すよ…今後の俺たちの…とりあえず着いてから話すよ」 「わかりました」 途中でコンビニに立ち寄り、飲み物(アルコール)と食べ物(おつまみ)を買うと松木さんは持っていたコンビニ袋を持ち替えると私に手を差し出した。 私は、松木さんの差し出された手に手を伸ばすと松木さんがサッと手を軽く握ってくれる。 私はそれだけで何だか胸がキュッとなり、『この人の事が好きなんだ』と改めて気付いた。 歩いている間は、時々お互いにニコッと笑顔を交わすだけで手を繋いでいる温もりからお互いの気持ちがわかるような気がした。 部屋に着くと、松木さんはソファの前のテーブルにコンビニの袋を置き、ソファを指差して、 「ここに座って…の前に何飲む?」 冷蔵庫のドアを開ける。 冷蔵庫の中は殆どアルコール類しか入ってない。 何で、コンビニで飲み物を買ったのか謎だ。 「松木さんは何を飲むんですか?」 「俺は…ビールかな?」 「そしたら、私はコンビニで買ったレモンサワーをいただきます…あれ?冷蔵庫にも入ってる!」 2人して笑いソファに座ると、松木さんは急に真面目な顔をして、 ー乾杯ー 松木さんは、一口飲んでから、 「ちょっと、話を聞いてもらえるかな?」 「はい?」 松木さんはさらに堅い顔をして私を見たので、 「あの…ムリして言わなくてもいいですよ」 「ありがとう。 俺は、星川さんと結婚を前提に付き合って欲しいと思ってるから…今から話すことを聞いてから返事をして欲しい」 私は松木さんに向き合い、レモンサワーを置いて話を聞く姿勢をとった。 「小さい頃の病気が原因で…子供が出来にくい…出来ないんだ。 前の彼女と別れた原因でもあって…それから誰ともつき合わないって決めてたんだけど…俺が好きになったのは、星川さんが始めてで…今までは俺から好きになったのではなく、付き合って欲しいと言われて付き合ったけど、この話をすると…」 松木さんは真っ直ぐに見ていた私から少し視線を外し俯く。 私は、胸がキュッとなりソファに膝立ちになりそっと松木さんを抱きしめ、背中をポンポンと軽く叩きながら、 「………いろんな考え方が出来ると思いますよ」 私は、言葉を考えながら、 「養子とか、動物を飼うとか、2人で楽しく過ごすとか…今後のことはわからないので、その都度話し合って決めればいいと私は思います。 それに…私がずっとそばにいますから…。 それでは、ダメですか?」 「ありがとう。 …福田さんに告られた時に話したら『役立たず』って…言われたんだ…」 「………」 「そんなことを言われた後、ボーリングの後の飲み会の後に俺の事を気づかってくれた星川さんの優しさが嬉しかったんだ」 松木さんは俯いたまま顔をあげない。 「松木さんは、絶対に役立たずなんかじゃないです!」 きっぱりと言い切りながらも涙がこみ上げてくる。 「ありがとう」 福田さんは思った事をそのままストレートに言う人だから…でも、言っていいことと悪いことがある。 好きな人に、どうしてそんなことを言えるのだろう? そんなことを考えていたら、 「もし、私が子供を産めない体だったら、別れますか?」 呟いていた。 松木さんは伏せていた顔をサッと上げ、私の目を真っ直ぐに見て、 「絶対に別れるわけないだろう!」 少し怒ったようにキッパリと言い切った。 私は、涙がこぼれそうになったので、 「ありがとうございます」 深く頭をさげて、今までの雰囲気を払拭するように、 「改めて乾杯をしましょう!」 ソファから降りてきちんと座り直し、レモンサワーを取り上げる。 「そうだな」 やっと、松木さんの顔に笑顔が戻り、私はホッとした。 松木さんはビールを取り、 ー乾杯ー 缶を軽く合わせて松木さんはホッとしたのか一気に飲み干し、新しい飲み物を取りに行った。 お昼近くになると、 「近くのピザ屋さんにピザを頼んでるから取ってくるな」 「一緒に行った方がいいですか?」 「俺だけで大丈夫だから、待ってて。 あっ、鍵を持って行くからインターホンが鳴っても出なくていいから!」 「わかりました」 私はお見送りをするために玄関まで行くと、松木さんが嬉しそうに、 「行ってきます」 「いってらっしゃい」 と、私が返すと、 「いってらっしゃいのチューは?」 「しませんよ!」 と、照れながら言うと松木さんは、笑いながら出て行った。 私は、玄関からソファに戻り、テーブルの上のお菓子を片付けながら、残っていたレモンサワーを飲んでいたらだんだんと眠くなってきた。 さっきまでの緊張が一人になったことで緩んだのかもしれない。 寝たらダメだと思えば思うほど眠くなるもので…。 「ただいま」 玄関をあけても返事がないので、部屋に入ると、テーブルの前で星川さんが横になって寝ていた。 「俺って、男として認識されてない?」 呟いてしまう。 テーブルの上にピザを置きながら、星川さんが寝ているのを確認して、 「さっきの言葉は嬉しかったよ。 最初に出会っていたのが、星川さん…咲だったらよかったのかな?」 ビールを一本冷蔵庫から出すと、星川さんの寝顔を見ながらチビチビとビールを飲んでいたが、 「何の夢を見てるのかわからないけど、ニコニコと笑っていて可愛いな…俺のソバでずっと笑っていて欲しいな……そろそろ起きてくれないと俺の理性も限界がきそうだよ」 星川さんの頭をそっと撫でてみると、ゆっくりと寝返りを打ち、目が開いた。 俺と目が合うと、ガバッと起き上がり、 「寝てました」 「ああ、おはよう」 「あっ、おはようございます…じゃなくて、ヘンな寝顔じゃありませんでした?」 「ん? 可愛かったよ」 「あの……」 「ん?」 「松木さんは、ズルいです!」 「?」 「私が返事出来ないような事を言うんですかっ?」 「………? 思った事を言ってるだけなんだけど…」 「う~、大人の余裕ってことなんですかっ?」 「余裕そうに見えてるのなら、OKかな?」 私がわからないっていう顔をすると、 「少し冷めてしまったけどピザを食べよう」 「あっ! すみません」 頭を下げると、松木さんが軽く頭をポンポンとたたく、少し子供扱いされてるような気にもなるが、何だか心がポヤポヤと温かくかんじるのでヨシとした。 「レモンサワーが飲み終わってるみたいだけど、次は何を飲む?」 立ち上がり冷蔵庫に向かうので、私も後をついて行く。 「松木さんの冷蔵庫の中ってアルコールしか入ってないんですね」 「そう思うのなら咲がご飯を作ってくれても俺は構わないけど」 初めて名前で呼ばれてドキッとしたが松木さんの笑顔を見ていると、 「お酒のアテを作って1人で食べてますね」 意地の悪いことを言ってしまった。 「俺の分は?」 「どうしようかなぁ?」 チラッと見上げてみると、悲しそうな顔をするので、 「冗談ですよ。 でも、私が作れるものってあんまりないですけど…」 「近くにコンビニもあるから適当でいいよ。 で、何を飲む?」 「うーん、コーラサワーをもらいますね」 手を伸ばすと、手を軽く引き寄せられ、松木さんの胸へと抱きつく形となり松木さんに抱き締められた。 松木さんの胸に耳を押し当てると少し鼓動が速いような気がした…きっと私の鼓動も似たようなものだ。 「お腹が空いたので早く食べましょう」 照れ隠しもあり、サッと松木さんから離れて冷蔵庫からコーラサワーを取り、ソファに座った。 ビールを持った松木さんが、 「俺のこと…嫌いか?」 「嫌いじゃないですよ?」 嬉しそうに、 「じゃぁ、好き?」 私は、ニッコリと笑って答えずにいると、 「そういうトコ、ズルいと思うよ」 松木さんに抱き締められた。 私は、開けたばかりのコーラサワーをそっとテーブルに置くと、松木さんの背中に腕を回した。 「本当に、こんな俺でいいのか?」 「…私でいいんですか?」 質問を質問で返した。 少し強く抱き締められ、 「ゴメン、少し気が弱くなったかな? 俺は、咲が好きだよ」 額に優しいキスをされた。 「冷めたけど、食べようか?」 「はい」 照れて俯きながらも幸せで…笑顔なのに涙がこぼれそうで松木さんの顔が見れなかった。 松木さんの顔が見れずに、ピザを食べていると、 「さっきからモクモクと食べてるけど、おいしいか?」 「えっ?」 私は顔を上げて、松木さんを見ると、優しい瞳で私を見ていた。 何故か涙が込み上げてきて、持っていたピザを放り出し松木さんに抱き付いて泣いてしまった。 「どうした? 俺が何かしたのか? 俺が悪いのなら謝るから泣き止んでくれないか?」 松木さんがオロオロしている。 そんな松木さんの態度にクスッと笑ってしまうと、 「どうした?」 もう一度聞かれた。 「何でもないです」 「何もなくて泣かないよな?」 松木さんに聞こえるか聞こえないか微妙な感じで、 「好きな人が側にいることが幸せなんだなって思ったら涙が出て来たんです」 「今日は、咲に手を出さないって決めてたんだ…こうやって、体に力が入るだろう?」 「…」 「好きな人が側にいて、手を出さないなんて本当はムリなんだからな!」 「ごめんなさい」 「謝らなくていいよ。 次に来た時は覚悟をしとけってことだよ」 年齢差があるって、何かソンなんだな…。 って、俺は改めて思った。
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