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⑧デート・・・その2
堀口さんから邪魔されることもなく、松木さんの仕事が忙しいこともあり、松木さんから連絡が来たのは、水族館デートから1ヶ月ぐらいたった12月に入ってからだった。
『お疲れ様。
仕事が忙しくてなかなか連絡できなくてごめんな。
本当は電話をしたいけど、声を聞くと会いたくなるから…。
クリスマスなんだけど…予定を空けておいてほしい』
『わかりました』
私は、すぐに返信した。
クリスマスの日までは松木さんが忙しくない時に連絡をくれたが、同じビルで働いているのに部署が違うだけで全然会えない。
帰りも私はほぼ毎日定時で帰るので会えない。
松木さんに合鍵を渡されているので会いに行っても構わないのだろうが、そんな事は出来ずにいた。
クリスマスの日、松木さんが予約してくれたレストランへ向かう準備をしていると、
『ちょっと、早めに出てくることは可能かな?』
LINEが来た。
『大丈夫ですよ』
松木さんはレストランの近くで待っていた。
私を見るなり、
「そのネックレスつけてくれたんだ」
嬉しそうに微笑む。
なぜだか、涙がこぼれてきた。
「えっ、俺…何かしたかな?」
私は、首を横に振ることしか出来ずにいると、松木さんが私を引き寄せ路地裏の人目につかない場所で、
「何かあった?
俺の行動が不安にさせたのならば、謝るよ」
私は、涙で言葉がつまり出てこないので首を振りながらも、
「ち……ちがうんです」
松木さんは、私の頭を軽くポンポンと叩くと
「寒いからレストランへ入ろう。
そこで、ゆっくりと話を聞くよ」
私は、涙の乾ききらない目で松木さんを見上げると、優しく私を見つめる松木さんと目があった。
松木さんは私の涙を親指でそっと拭うと、
「さっ、行こうか?」
さりげなく私の肩に腕を回して泣き顔を隠すようにレストランへ入ってくれた。
レストランに入り、席に着いて食事をしながら、私は、今までの事や自分の気持ちを正直に松木さんに伝えると、松木さんは、大息をついて、
「堀口さんの事でいろいろとあったから、不安になったんだな。
………今度からは、不安になったら俺に…いつでもいいから言って欲しい。そばにいるから…」
「ん」
私は、涙がこぼれそうで頷くことしか出来なかった。
改めて松木さんの懐の深さに驚かされた。
食事が終わり、お店を出ると、
「川の近くでイルミネーションをやってるから見に行こうか?」
「去年は、女友達と仕事が終わってから行ったんですよ」
「楽しかった?」
「はい…。
でも、きっと今日が楽しいです」
松木さんを見上げると、いつもの変わらない優しい笑顔で私を見てくれる。
そっと、ギュッと軽く繋いでる手を握ると、
「今年は、いろんな事があったけど、1年があっという間に過ぎた気がするよ」
「そうですね」
私は堀口さんの事を思い出していた。
(何をしているんだろう?)
「駅まで送るよ」
耳許で囁く。
「今から松木さんの部屋に行ったらダメですか?」
「ダメ…じゃないけど…」
「貰ってほしいものがあるんですけど…」
緊張しながら言うと、
「わかった」
松木さんは、人混みを縫うように…そして、私を周りの人にぶつからないように器用に歩く。
駅に着くと、
「本当に俺の部屋に来るのか?」
「行ったら都合悪いんですか?」
「そんなことはないけど……」
「じゃー、行きましょう」
私はちょうど来た電車に松木さんと乗り込んだ。
もう、後戻りは出来ない。
私は、松木さんのマンションに着くまで何も話さなかった…緊張で話せなかった。
松木さんの部屋に入ると、私たちはソファに座る前に冷蔵庫から飲み物を(松木さんはビールを、私はウーロン茶)取り、ソファに座り、
「乾杯」
私は、一口飲んでから、
「松木さん…あの…私を貰ってくれませんか?」
「え~っと…あの、キチンと結婚はするつもりでいるけど…」
「違わないけど、違うんです!」
松木さんに抱き寄せられ、
「咲、嬉しいけど…今日の咲は、何か焦ってないか?」
私は、松木さんの腕の中で首を横に振りながら、
「そんなことないです!」
「堀口さんと何かあった?」
私は、ハッとして顔を上げると、
「あったんだね」
「何にも…」
ないんです…と言えなかった。
涙が溢れて…次々と頬をこぼれ落ちる。
ただ、松木さんを見上げて首を横に振ることしか出来なかった。
そんな私を松木さんは抱き締め、小さい子供をあやすようにポンポンと背中を軽く叩き落ち着かせてくれる。
「堀口さんに何を言われたのか分からないけど、俺は咲の事を大切に思ってるから…だから、今日は咲は俺のベッドで寝て、俺はソファで寝るから…」
「私がソファで寝ますよ」
「ダメだ!
咲が風邪を引いたら俺が困る」
「松木さんが風邪を引いたら私も困りますよ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
気持ちは同じ、自分の事を思ってくれる人がいるのは何だか嬉しい。
「松木さんのベッドで一緒に寝たらいいんですよ」
言ってから急に恥ずかしくなった。
「あの、一緒ならば暖かいと思いますし…だから…」
「わかったよ…ただ、俺も男で好きな人が側にいて手を出さない保証はないから…それだけは覚えていてほしい」
松木さんのことを見れずに、コクンと頷いた。
「お風呂も沸いてるから先に咲が入るといいよ。お風呂から上がったら先にベッドで寝てたらいいよ」
「ありがとうございます。
タオルだけ貸してもらえますか?」
「ちょっと、待ってろよ」
タオルを取りに行ったので、その間にカバンの中から部屋着を取り出した。
「これ新しいから…」
「ありがとうございます」
バスタオルと部屋着を持ってバスルームに行き、ドアを閉め、急いで湯船に浸かると緊張がほぐれた。
あまり長い間入っているのも悪いような気がしたのでいつもよりは短めにバスルームを出た。
「松木さん、上がりました。
先にベッドに入ってますね」
着ていた服をカバンに入れて、部屋を出て、ベッドに入るとお布団から松木さんの香りがして寝れそうにもない。
しばらくはゴロゴロとどうやって寝ようかと考えていたが、松木さんがお風呂から上がった様子なのでベッドの端で背中を向けて小さくなっていた。
しばらくすると、松木さんがベッドに入ってきて、
「お休み」
小声で言って、私に背を向け寝た。
私は松木さんの寝息を聞きながら眠りについた。
翌朝、私は松木さんの腕の中で目を覚ました。
松木さんの腕は、私の腰をしっかりと抱き締めているため起きようとすると松木さんを起こしてしまう可能性があるため、しばらく松木さんの寝顔を眺めていた。
いつもは、前髪をアップにしているのだが、家にいるときは前髪を下ろしてるみたいで、少し若く見える。
私は、そっと前髪を撫でてみた。
思ったよりも柔らかい。
松木さんが目を覚ましてしまった。
「おはよう」
松木さんが今まで見たことがないような笑顔で私を抱き締める。
「うん、おはようございます」
「俺と一緒のボディーソープにシャンプーをつかってるのに咲から甘い香りがするんだな」
松木さんは私の首筋に顔をうずめる。
「さっ、起きようか?」
松木さんはベッド出たので、私は、照れ隠しにササッと髪の毛を手櫛で整え、ベッドに腰掛けながら、寝室から出て行こうとする松木さんに、
「朝ご飯はどうするんですか?」
「冷蔵庫の中はアルコールしか入ってないから…コンビニで何か適当に買ってくるよ」
部屋を出て、しばらくすると玄関のドアの閉まる音がした。
私は、松木さんが出て行ったので、急いで着替えて、ソファの上を片付けるとすることがなくなったので、本棚から仕事用だと思われるパソコン関係の本を取り出し、パラパラとめくっていると、鍵を開ける音がしたため、玄関まで急いで行き、
「おかえりなさい」
「ただいま…その本」
「あっ、ごめんなさい。
することがなかったから、適当に見てたんだけど…」
「わかんないだろう?」
上がり框にコンビニ袋を置いて、靴を脱ぎながら私の持っている本をチラッと見る。
「わかんないですけど…松木さんはこれを参考にして仕事をしているんだろうなぁ…ってことは分かりますよ」
松木さんは靴を脱ぎ終わると、コンビニ袋を持って、ソファの前のテーブルに買ってきたものを並べた。
パンとおにぎりと…アルコール?
「松木さん…朝から飲むんですか?」
「ゴメン、お茶を買うの忘れてたよ。
下の自販機で買ってくるよ」
「私が買ってきますよ」
行こうとすると、私の腕を取り、
「一緒に行くよ」
私たちは一緒に自販機にお茶とジュースを買った。
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