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決別
星奈は手紙を読み終えると、ためらいもなくそれを破った。そして立ち上がると、遠慮なしにゴミ箱へと投げ捨てる。星奈の拳は細かく震えていた。それを誤魔化すように、深いため息を吐く。
ーー捨てるのは、思った以上に簡単だった。
星奈はゴミ箱を見つめたまま、嘲笑を浮かべる。あんなに愛していた彼との繋がりをこうも一瞬に消せるとは、自分も案外薄情だな、などと思った。
――もしかしたら、自分も彼の才能を愛していただけなのかもしれない。
星奈は不意に真の顔が見たくなる。真は彼の喪失を埋めてくれた。真がいなければ、自分は今、あの歌を歌えなかっただろう。否、あの歌だけではない。それこそ、彼が言う人魚姫になっていたかもしれない。
彼は自分が人魚姫を救う王子だと思っているのかもしれないが、実際は違う。星奈が今も歌えているのは、星奈自身を愛してくれる真という存在があったからだ。むしろ彼は――自分から歌を奪う魔女のようだった。
星奈はそう考えると、寂しそうな笑みをこぼした。
リビングに行くと、真がソファーに座りテレビを見ていた。星奈に気づくと、その視線を彼女に向ける。
「誰からの手紙だったの?」
何も知らない真が、興味本位に尋ねる。星奈は震えそうになる声を抑えながら、無理に笑ってみせた。
「私の歌声を愛した男からの手紙だよ」
泣きそうな星奈に気づいたのか、真は立ち上がり彼女に近づく。優しい瞳に、星奈は思わず顔を反らした。
「初めて会った時と、同じ顔をしているね」
真が優しく星奈の頭を撫でる。星奈はそのまま顔を俯かせた。今、真の顔を見たら涙が零れてしまいそうだった。
「あの時に星奈を泣かせた奴からの手紙だったのかな?」
真がからかい口調で言う。星奈はその口調につられて、口許に笑みを浮かべた。その目にはうっすら滲んだ光が見える。
「そうだよ。また泣かされそう」
口調はふざけながらも視線を上げようとしない星奈に、真は頭を撫でる手を止めた。そして、その手で彼女を自分の腕の中に引き寄せる。星奈の心音が大きくなった。
「泣いていいよ。あの時は抱きしめていい理由がなかったけど、今はその理由がある。星奈の隠したい弱さも、俺の大きな胸で隠せる」
真の手が星奈の背中をリズムよく叩く。その優しさに、堪えていた涙が零れ落ちた。何か言葉にしようにも、上手く音にならない。真は先程の言葉を最後に、口を閉ざした。その空間がまた居心地良く、星奈の涙腺を刺激する。
――今でも、真に彼のことは話せていない。真だけではない。仕事のこともあって、彼のことは誰にも言えずにいた。だからこそ、何も聞かずただ泣かせてくれる、寂しさを埋めてくれる、真により惹かれるのだろう。
星奈は「ありがとう」と何度も口にしながら、止まらぬ涙を真の胸の中で降らせたのだった。
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