月夜

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月夜

 それは月が綺麗な夜のこと。  星奈は窓から月を眺め、歌を口ずさんでいた。春のように温かく、月のように綺麗なメロディ――。星奈は自分のために作られたその曲が、何よりも好きだった。  不意にノックの音が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれる音がする。星奈は歌うのをやめ、意識をそちらへと向けた。そこには、恋人の真が立っている。 「もしかして、歌を歌ってた?」  申し訳なさそうに言う真に、星奈は首を横に振った。 「いいの。歌なんていつでも歌えるから」  星奈は柔らかく微笑むと、目の前にいる優しい恋人に歩み寄る。そしてその距離が一メートルほどになったとき、彼の手に手紙が握られていることに気が付いた。 「それは?」  首を傾げる星奈に、真は彼女に両手でその手紙を渡す。 「聖奈宛の手紙だよ。今日、届いたんだ」  星奈は手紙を受け取ると、裏返してその送り主を確認する。そしてそこに書かれた名に、星奈は息を呑んだ。何故、今さら手紙など――。  そんな星奈の反応に気付かない真は、気を利かせて部屋から出ようとする。 「それじゃあ、俺はリビングに戻ってるね」  ーー嫌だ、一人にしないで。  すでにこちらに背中を向けている真に、思わず手を伸ばす。しかし、その手に彼が気付かないことは知っていた。自分は彼を呼び止める、待って、の声すら出していないのだから。  星奈はいつまでも助けを求められない、自分の弱さに辟易した。  静かに扉が閉まる。沈黙がその場を支配して、なんだか居心地悪く感じた。星奈は先程の続きを歌う気にもなれず、手に握られた手紙に視線を落とした。  正直、この手紙を読むのは怖い。離れてから一年経つのに、今さら何を言おうというのか。星奈は何より、この手紙を読んだことであの頃の自分に戻ってしまうことが怖かった。真と出会う前の、報われない恋に溺れていた、愚かで弱い自分に――。  星奈は深く息を吐くと、ゆっくりとした動作でソファーに腰掛ける。この手紙を捨ててしまうという選択肢もある。しかし、それでは過去を清算することができない。星奈は覚悟を決めて、手紙を開いた。
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