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鬱蒼と生い茂る、暗い森の中。レイネシアは小さく唇を引き結び、手に持ったカンテラの光を頼りにゆっくりと石畳を進む。
――ここが……西の魔女の、森……
血の繋がった唯一の姉が紹介してくれたとはいえ、そしてここがニルヴィア国の王城の裏庭から繋がっている場所だとはいえ。こんないかにもな場所をひとりで歩く不安感は拭えない。頭上には至る所にコウモリがぶら下がり、バサバサと鴉が羽を揺すっている。
幾重にも重なった枝葉によって太陽の光は遮られ、昼間でありながらもカンテラを手にしなければ足元も覚束ないほどに薄暗い。空に向かって伸びた木々の太さが視界を圧迫し、レイネシアの恐怖心を煽っていく。
――でも……このニルヴィア国を守護する役目をもったミズ・イザベラの森に、そうした不届き者がいるとも思えないわ。だから、大丈夫。
もしこの森に魔獣がいたとして、そしてその獣と遭遇したとしても、彼らはイザベラの配下にあるはずだ。だからイザベラから友好の証として贈られたサシェを持つ自分に、なにかしらの害があることもないはず。
そもそも。天族に魔族、死神や天使、悪魔やエルフ、そして人間と多種多様な種族が小国家を形成しているこのブリガンティア連邦では、創造神オルティナによって力による闘争が禁じられている。だから、巷で聞くようなそうした諍いに巻き込まれることも――ない、はずなのだ。
レイネシアは心の中でそう結論付け、自分を安心させるように首から下げた芳醇なゼラニウムの香りを放つサシェをきゅっと握り締めた。
石畳の上をしばらく歩くと、古びた屋敷にたどり着いた。ノスタルジックでゴシック調の建物の古びた壁面やレンガをおおう、深緑の蔦。レイネシアの二倍ほどの背丈がある玄関をコンコンとノックすると、その扉はギィと大きく軋んだ音をさせひとりでに開いた。
深紅の絨毯がまっすぐに伸びた先には重厚感あふれる宮殿階段があり、その階段はのぼった先で二手にわかれている。右側の階段からゆっくりと一人の女性がおりてきていた。
足首まで隠れるような黒の長いワンピース。内側から発光しているかのような白い肌を引き立てる漆黒の瞳。それと同系色のショールを羽織った若々しい女性がふわりとレイネシアに微笑みかけた。
「初めまして、ミズ・イザベラ。レイネシア・ヘルヴェム・ハックブレードと申します」
「いらっしゃい、シア。君に会えてうれしいよ。あぁ、サシェも着けてくれたんだね」
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