【短編】執愛の檻に囚われて

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◆ ◆ ◆  イザベラは自身の屋敷の広間の窓際から薔薇が爛漫に咲き誇る庭園を眺めていた。 《……ベル。レイネシアが》 「あぁ……知っているよ」  思念に直接語り掛けるような拙い声の主は、イザベラの使い魔であるリラだ。黒い毛並みを持つ彼女はイザベラのふくらはぎに額を擦り付け、そっとイザベラを見上げた。 「意外とあの薬を使うのが早かったね。どうにも迷いがあるようだったから、もう少し後かと思っていたよ。それほどルーカスの愛に飢えていたのだろうね、シアは。私には……愛だとか恋だとか、よくわからないけれど」  イザベラは足元のリラを抱き上げ、その額をそっと撫でた。  ルーカスがこの屋敷の門を叩いたのは、彼がまだ十にも満たない年齢の頃のことだ。交流を持った隣国の姫を必ずや自分のものにしたいので、なにかよい方法がないか。ほかの男に盗られるなんてあってはならない、彼女を手に入れられるなら呪いでもなんでもいい、自分の魂すら差し出す――紫色の瞳に確かな意思を宿し、幼いルーカスは稀代の魔女イザベラと対等に渡り合ったのだ。  ルーカスを気に入ったイザベラは彼と契約した。ヴァンパイアへ身体を造り変える代わりに、ルーカスと眷属の魂はイザベラのもの。彼らが生を終えた瞬間その魂は天界へ行くことを赦されず、イザベラの魔力として吸収されてしまう。 「……ふふふ。ルーカスとシアの魂は、どんな味がするのだろうね。今から遥か先の未来が楽しみで仕方ないよ」  黒猫の頭を撫でるイザベラは、心底愉しげに漆黒の瞳を細めた。リラは心地よさからゴロゴロと喉を鳴らす。  ルーカスがレイネシアにそっけなく応対していた理由は簡単だ。吸血衝動を堪えるため。ルーカスは所詮、人間の肉体を強制的に造り変えたまがいものなので、生まれながらの魔族と違い己の衝動を抑え込むには相当な精神力が必要だ。特に、ルーカスはレイネシアを渇望していたため、彼女を前にすると衝動を抑えられなくなるとルーカス自身も知っていた。  それを知らない無垢なレイネシア。世話焼きな一面を待つ反面、気まぐれで奔放なイザベラが彼女を気に入ったのも、そうした背景があったからなのだ。 《ところでベル、どうしてルーカスに魔法を授けたの? 普通、それは契約の範疇外だよね》 「ん? そうだねぇ、ルーカスが面白かったからだよ。王位継承権を持っているのに、子を成す能力を差し出すと言ったんだよ、あの子は。だからその対価に、彼の言葉通りその力をもらっただけさ。王族としての責務よりもシアへの執着を優先させたルーカスの歪んだ愛……面白いと思わないかい?」  ルーカスがいくらレイネシアの胎内に精を放とうと、けっして実を結ぶことはない。それはルーカスも納得し、理解していることだ。イザベラはルーカスの歪んだ精神を、ひどく気に入っていた。だからこそ、通常の契約ではありえない、いくつかの種類の魔法を彼に授けたのだ。 「何十年先だろうかねぇ……楽しみだ」  使い魔を撫でながら戯れに微笑む魔女の姿を、天にのぼった満月だけが見ていた。
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