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妃教育を終えれば、「いつもお疲れさま」と声をかけてくれるルーカスだが、いつなんどきも、どこか無理をしたように、苦しそうに笑う。幼いころに自らの意思の外で決められた婚約者に対する最低限の責務を果たそうとしているのだ、と。レイネシアは次第にそう思うようになっていた。
「もし殿下に想う方がいらっしゃるなら正直に言ってほしいの。今さら婚約破棄だなんて、きっと私のお父様もアルウィン王も認めてはくださらないだろうけれど……できる限りで殿下の望みを叶えてさしあげたいの。大昔にアルウィン王国にあった側妃制度を復活させられるように、宰相に働きかけたりだとか、私にできることはなんでもやりたい」
「だけどシアはいいの? ルーカスが好きなんでしょう」
「……私、は。これでも王家の人間だから。王族の婚姻はそういうものだって、わかってるつもり」
つきんと痛む胸に気が付かないふりをして曖昧に頷きながら、レイネシアはイザベラの漆黒の瞳をじっと見つめた。
王家の結婚は政略結婚だ。特に、多種多様な人種が小国家を形成し、連邦国に発展したこの世界では、小国家同士の代表である王族の婚姻は非常に重要な意味を持つ。たまたまレイネシアにはルーカスという家柄と年齢的に釣り合う相手が隣国にいたということもあるが、歴代、どの王国も政略結婚を重ねて同盟を結び、国の安定を図ってきた。
ルーカスもそれをわかっているからこそ、きっとレイネシアに対して思うことがあっても口にせずにいる。悲しいけれど、そうした家柄に生まれた以上、互いにどうしようもないことなのだろうと思う。
でも、だからこそ――ルーカスのことを慕っているからこそ。彼の望みは叶えてあげたい。彼の本心を聞いて、その通りにしてあげたい。それが、レイネシアが稀代の魔女と名高いイザベラを頼った理由だった。
「う~ん、私にはよくわからないや。貴族の責任、だっけ。好きな相手には自分を好きになってほしい、自分を見てほしい……そして自分のものにしたいと思うものだと、私は思うのだけど」
「……」
イザベラの瞳がじっとりと妖しく光る。えも言われぬ漆黒の瞳に射すくめられ、レイネシアは思わず身を固くした。
「……ま、いいや。ほかならぬシアの頼みだからね。それに、いろいろと面白そうだし」
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