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口元をぺろりと舐めたイザベラの、なんとも表現できない瞳がやわらかく綻んだ。彼女の指先が先ほどと同じように宙を切った瞬間、レイネシアの目の前にふわりと小さな小瓶が浮かび上がった。思わずレイネシアが手のひらを胸の前に差し出すと、ぽとりと手のひらの上にその小瓶が落ちてくる。小瓶の中には、乾燥させたと思われる小さな薔薇の花びらが数枚入っていた。
「これ……は?」
「『真の姿をさらけ出す薬』、だよ。ルーカスの想いをシアに向けることができる惚れ薬もあるけど、シアはそっちでなくてこっちのほうがいいんだろう?
もっとも――惚れ薬をあげるにはある程度の対価が必要になる」
「……対、価」
レイネシアがこくりと喉を動かすと、イザベラはふふふ、と妖艶に微笑んだ。
「もちろん。惚れ薬だと……そうだなぁ。シアの中にある、ルーカスとのこれまでの記憶を対価に貰おう。でもね、今シアの手元にあるその薬だけなら、対価はいらないよ」
「どうして……?」
「面白そうだから」
「……」
漆黒の瞳が獲物を捕らえたように愉しげに細められる。毒のようななにかが足元を這いずって――雁字搦めに捕らえられてしまうような。そんな錯覚を覚えた。
やはり、目の前の彼女は魔族なのだ。レイネシアは身体の芯から込み上げてくる冷たさをなんとか押し留め、ぎゅっと手のひらを握り締める。
「……ありがとう、ベル。私……殿下との思い出は捨てられない、ううん、捨てたくないから。だから、この薬をもらってもいいかしら」
「もちろん。これからも友人でいてくれたら私は嬉しいよ、シア。君のおねぇさんにもいろいろとよくしてもらっているから」
イザベラは優雅に微笑んで、ゆったりと足を組んだ。レイネシアがぎこちなく微笑みを返すと、不意に膝にずっしりと重い感覚が生まれる。息を飲んだレイネシアが視線を落とすと、金色の瞳を持った黒い毛並みの猫がレイネシアを見上げていた。
「あぁ、リラ。君もシアが気に入ったんだね」
「ナ~オ」
堪えきれない、と言わんばかりにイザベラは笑みをこぼす。この黒猫はイザベラの使い魔でもあるのだろう。
「初めまして……リラ」
レイネシアがゆっくりとリラの頭を撫でると、すりすりと鼻先を寄せてくる。その仕草がいじらしく、心の奥に浮かんだ冷えた感覚がゆっくりと解れていくような気がした。
そうしてレイネシアはリラを撫でながら魔女とのお茶会を楽しんだ。
紅茶は――いつのまにか、冷めてしまっていた。
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