【短編】執愛の檻に囚われて

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「もちろん。エリス、よろしくね」 「はい。ローズ様、お願いいたします」  エリスはレイネシアの乳母の娘で、幼いころからレイネシアに遣えていた。彼女をアルウィン王城に連れてきていいとルーカスから伝えられた時は本当にほっとしたものだ。今回、イザベラに相談してはと進言してくれたのも、そばでレイネシアの悩みを聞いてきたエリスなのだ。 ――このふたりが退室したら……  殿下のカップに、イザベラから貰った薬をいれる。それだけだというのに、レイネシアの心臓はひどく忙しない鼓動を打っていた。ふとエリスに視線を向けると、彼女は碧眼の瞳をまたたかせ、『今日ですよ!』と声に出さずに口だけを動かした。レイネシアは唇を引き結び、視線だけで答えを返す。 「では、レイネシア様。失礼いたします」  エリスとローズが扉を閉め、しんとした静寂が訪れた。レイネシアは意を決して懐から小瓶を取り出し、その中に収められている赤い薔薇の花びらをティーカップに入れる。すると、花びらは水面に着地した瞬間にふわりと溶け、姿を消した。  ――本当に……魔法みたい。  事実『魔法』なのだろうが、それが身近になかったレイネシアにとっては物珍しいものだ。そうした魔法の薬を盛ったという事実に、レイネシアは落ち着きなく周囲を見回した。  不意に、コンコン、とノックする音が聞こえた。そう時間をおかずに、陸軍の制服を着用したルーカスが姿をあらわす。深いネイビーの軍服に純金でできたラインが映えている。胸元に勲章が三つ、レイネシアとの婚礼を経るともうひとつ増えるらしい。彼の深い紫色の瞳がこちらに向けられ、レイネシアはソファから立ち上がった。 「殿下、ごきげんよう。こんな素晴らしいお部屋を準備していただき、感謝申し上げます」 「あぁ、レイア姫。君が気に入ってくれたならよかったよ」  白い手袋をしたまま制帽を取ったルーカスが、いつものようにレイネシアが座っていたソファとは別のソファに腰かけた。突き放した態度とも言えないが、確かな感情を感じるにはほど遠い。ルーカス自身がこの部屋の家具を手配したというので、思っていたよりは嫌われてはいないのだろうけれど。
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