【短編】執愛の檻に囚われて

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 ――やっぱり……意中の方が、いらっしゃるのかしら。  後頭部で銀色の長髪をまとめたルーカスは、大抵の令嬢がため息をついて見惚れてしまうほどの端正な顔立ちをしている。事実、アルウィン国の社交界ではルーカスが舞踏会に姿をあらわすと大勢の令嬢がルーカスとワルツを踊りたがるらしい。社交界での交流を経て恋に落ちたものの、ルーカスにはレイネシアという婚約者がいたので、結局は諦めざるをえなかった……というところだろうか。  ――フルド宰相のお嬢様は確か私よりもひとつ下で……エルメ侯爵の二番目のお嬢様が私と同い年、だったわよね。どちらのご令嬢も、容姿端麗だと聞くわ。あぁ、でも確かカッセル男爵のお嬢様が武道に長けていて、彼女のために近々女性騎士団が創設されるってお話だったわ。殿下は陸軍の中将であらせられるのだし、もしかするとそちらという可能性も……  ルーカスに倣いレイネシアもソファに腰を下ろすと、少しばかり疲れの残る顔でルーカスはゆるく微笑んだ。 「今日もお疲れさまでした。家庭教師が褒めておりましたよ。レイア姫は飲み込みが早い、と。宰相や公爵の顔ぶれ、そして彼らに関する血筋関係の覚えも早く感嘆しきりだと」 「いえ……もったいないお言葉です。殿下は、今日は……会議、とのことでしたが」 「そう。女性騎士団の創設にあたってのもろもろの調整でね」  ルーカスは会議の後で喉が渇いていたようで、そこまでを言ってカップに手を伸ばした。薄い唇がカップに口づけられ、こくりと喉仏が動く。その、刹那。 「っ……!」  物憂げな瞳を彩る銀色の長いまつ毛を伏せたルーカスが、手袋をしたまま口元を覆い、小さく呻き声を漏らした。 「で、んか……!?」  レイネシアは慌ててルーカスに駆け寄った。彼は胸をおさえて痛みに耐えながら苦しそうに眉根をきつく寄せている。背中を丸めたルーカスの身体を支えようと手を伸ばし、床に膝をついたレイネシアは思わず息を詰めて彼を凝視した。 「殿下……その、目……」  ルーカスが持つアメジストのごとき透明感を帯びた紫色の瞳。彼の銀色の前髪から垣間見えるその瞳は、吹き出したばかりの鮮血を連想させるような()()()()()をしていた。 「……レイア。なにを入れた?」  レイネシアを見据える鮮紅色(せんこうしょく)の瞳がほの暗い光を宿した。敬称すら抜け落ち凄みを孕んだ声色にレイネシアはひっと息を飲む。
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