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焼香を終え、摩莉子が通夜振る舞いの会場に赴くと、すでに多くの弔問客で席が埋まっていた。ざっと見た感じ、百名ほどだろうか。整然と並んだ、長テーブルに白い布をかけた簡素な座席の所々に、寿司桶や瓶ビールが置いてあり、赤ら顔のおじさんたちが、「まあまあ」などと言いながら互いに酌をしている。
摩莉子が空席をさがしていると、「お嬢さん」と声がした。目をやると高齢の男性が手招きをしている。見覚えはあったが名前は思い出せない。
摩莉子は狭い通路を縫うようにしてそのテーブルに近づき、
「ありがとうございます」と一礼すると、男の向かいに腰を降ろした。
男がビールを注ぎながら訊く。
「お嬢さんたしか……ナカミネ商事の人でしたね」
「はい。ナカミネの環です。お世話になっております。社長が弔問できなくて代行で参りました」
「そうですか。それはご苦労様です。私は川村です。そちらの先代には大変お世話になってね」と、目を細めた。
たしか、何度か社長室でお茶をお出ししたことがあったなと、摩莉子は思い出した。
「川村様は、故人の澤田会長とは古いお付き合いだったんですか?」
摩莉子が尋ねると、川村はうんうんと頷いた。
「澤田さんは地元の先輩でね、まあがむしゃらに働く人でしたよ」
「そうなんですね。同世代のかたは、みなさんそうですよね」
「ええ。ただ澤田さんはなんて言うか、死に急いでいたと言うか……」
通夜の席で死に急ぐなどと言いだしたので、摩莉子が驚いた目を向けると
「失礼、不謹慎でしたね」と、川村は頭を掻いた。
「ただ一途な男だったんですよ、澤田さんは……」
「一途? と言いますと……」
「ええ」と、川村は思い出話をはじめた。
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