○○が落ちてきた

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確かこの時間は、朝のお稽古事をしている筈だった。 御兄様が夏季休暇で戻ってから、学校で頑張っているという話をご家族と俺も坊っちゃんの後ろに控えて一緒に聞いていて、「おまえ(わい)も学問が出来た方が良い(よか)と思うか?」と、突然尋ねられた。 学問というものを全くする機会がなくて、保護して引き取ってもらった神父殿の教会で、やはり死ぬ気で勉強することで苦労した俺は、直ぐに坊っちゃんにそうですね、早めに出来た方がきっと良いですよ、と頷いて見せる。 すると坊っちゃんは直ぐ様、旦那様と奥様に算段をつけなさって、翌日には屋敷の中でお稽古事が、午前の僅かな時間ではあるけれども始まると決定して、俺は呆気にとられることになる。 しかも、旦那様と奥様からもお坊っちゃんが自分から学問をしたいと申し出たことに、俺が感謝をされて、恐縮をするまでになってしまった。 ただ、坊っちゃんが勉強をしたいということは本当に良いことだと思うので、内心では首を傾けながらも、午前は少し自由な時間というよりも、坊っちゃんに振り回されることもなく、仕事に専念できる時間が増えることになったと思ったその時間に、早速御兄様に話しかけられていた。 そして、それ程長くはない時間話しているところで、本来なら勉強部屋にいる筈の坊っちゃんの後方からの、俺への激突になる。 「坊っちゃん、お勉強は?」 「今日ん分は終わった!」 俺の確認に即答し、どうやわわざわざ持ってきたらしい帳面に、いろは歌がこれまでにない丁寧な坊っちゃんの文字で書かれてあるのと、簡単な数字の計算がしたためられたのを、見せられた。 「お、頑張ったな!流石だ」 御兄様も弟である坊っちゃんが持ってきた今日の終わらせた課題を見つけて、そんな声をかける。 坊っちゃんは御兄様から褒められたことで、俺に貼り付いている状態でそれは輝くような笑顔を浮かべた。 けれども、それを直ぐに引っ込めて、俺の使用人の服をギュッと掴んで、可愛らしいほっぺたを、ぷうと風船のように膨らませて、俺と同じように不思議に思っている御兄様に向かって口を開く。 「兄さあ、こいつ(こんわろ)だけを名前で呼んだら、屋敷のき、が乱るっでだめじゃ」 どこから話を聞いていたのか、普段は坊っちゃんが毛嫌いをしている俺の後輩が、必要以上に接近を計ろうとする屋敷でお預かりしている、旦那様と同郷の名士の御子息でもあるが、後輩の腹違いの弟君(非常に例えるのが面倒くさい)を(たしな)める時に使う物言いの応用で、少しばかり舌足らずながらも、そんな言葉を返す。
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