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勿論、俺も御兄様も、後輩が弟君に言っている場面を幾度となく見てはいたので揃って呆気に取られた。
先に動いたのは御兄様で、私の後ろにいた帳面を持ったお坊っちゃんを軽々と抱えあげて、
「俺の弟は賢くて可愛い~。
こん調子なら、お前は余裕で、寄宿学校に入学できるぞぉ~」
と、頬擦りをする。
坊っちゃんは再び褒められて、顔を赤くするけれども、今度は輝くような笑顔を浮かべることはなく、
抱き締められながら、俺と御兄様が名前で呼びあうのもダメだという旨を繰り返していた。
やがて御兄様の方が、苦笑いを浮かべながら「俺の弟は頑固だなあ」という言葉を口にして、坊っちゃんを抱えたまま勉強の後の片付けをしたか?、と確認をしたなら、それには実に分かりやすくビクリとして、小さな声で「しちょらん」と俺でも十分に理解できる"してない"という旨を口にする。
寄宿学校では、片付けが出来ないと物凄く怒られるから、今から兄さあと一緒に片付けようと、誘われたのならそれには素直に坊っちゃんは頷いた。
それじゃあ片付けるのに勉強部屋に戻ろうと、坊っちゃんを抱えたまま、進み始めたので俺は使用人の振るまいとして慌てて頭を下げたのなら、振り返る形で普段坊っちゃんに向けて浮かべる優しい笑みとは違って、不敵なものを俺に向かって浮かべて行ってしまう。
思えば、結局御兄様とお坊っちゃんを俺を名前で呼ぶ呼ばないについては、決着なようなものはついていなかった。
それからは、決着がついていないことから俺は相変わらずというか、それまで通り御兄様呼びを続けていたのなら、時折あの不敵で何かしらを含んだ笑みを浮かべられる。
俺はそれをどういう風に受け止めるべきか考えあぐねている内に、順調に御兄様の夏季休暇は過ぎて行くと、今度はお屋敷で共に働く使用人達の方達は薮入りということで、故郷に戻ることになっていった。
勿論、一同が一斉にというわけではなくて、旦那様が屋敷の切り盛りをする奥さまに指示を出して巧い具合に交代の形で薮入りの期間を越すことになる。
俺も後輩も、故郷となる場所は捨ててきたようなものだし、実家のような扱いになる教会も、極近所なんで薮入りの形で戻るまでもない、というのが正直な気持ちでもあった。
で、俺も後輩も、坊っちゃんや弟君から戻らないで欲しいと口に出して言われて、「それでも戻ります」とは言いづらい。
何より、神父様の言伝てはこの屋敷の人々から気に入られることでもある。
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