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「えっと……お席はこちらですか?」
女性が窓側です? と、手で示す。
「そうです。もし良かったら席を交代しましょうか?」
「ありがとうございます。そうさせてもらおうかしら。私、乗り物酔いするたちなんです」
女性が持っていたバッグとともに窓際に移ったのを見て、ジェインもボストンバッグを荷物棚にあげ、そして座った。
(助かったな)
通路側だと足を多少通路へと伸ばすことができる。窓側は前の席の背に膝があたってしまい、さらに窮屈で居心地が悪い。
女性は景色が見える窓側が好きな人が多いから、提案に乗ってくれる確率は高いだろう。
ジェインは窓際の女性のちらちら興味を持った視線を感じながら、テーブルを出し、持っていたタブレットを広げた。
「トイレに立つ時には遠慮なく言ってください。俺がもし居眠りしてても叩き起こしてくれて結構です」
隣に声を掛けると、「まあ、ご丁寧にありがとうございます!」そう言ってウェーブのかかった髪を手ぐしで整えた。
そこから、「出張ですか?」「はい、一週間ほど名古屋に。あなたは?」「まあ奇遇。私も名古屋です」
会話を交わす。
このまま、他愛のない会話を続けて、そして下車する直前に連絡先と今日泊まるホテルを訊く。
明日からの土日は、この女性とデートできそうだと算段をつけると、タブレットで自社の今月の利益率などをまとめてある書類の内容を確認し電子サインを入れたのち、経営陣のひとり、秘書兼ドライバーの八海慎之介へとメール送信した。
その時。
前の席でぼそぼそと声がして、ジェインの気を引いた。
「おばあさん、この荷物、棚に乗せましょうか?」
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