1人が本棚に入れています
本棚に追加
対峙
猫は、襖をサッと滑らせ狭い隙間を作ると、体を部屋に滑り込ませた。その時、首元の鈴がチリンチリンと大きな音を立てた。
「うわ!」
と、部屋の奥から人間の男性の声。
痩せた、中年の男。寝癖のついた黒い短髪に、上下グレーのスウェット姿で、右手にタバコを握ったまま固まり、猫をじっと見下ろしている。
側のたんすの引き出しが無造作に開けられ、中身が男の足元に散乱している。
その手前には、飼い主の女性が頭から血を流し、うつ伏せになって倒れている。
「死んでいる」
猫はそれを見て直感した。
「何だ、猫かよ」
男は、緊張が解けたようにそう言うと、構わず物色を続けた。
猫は、女性の頭部に近づき、それから女性の全身の周りをぐるぐると歩き始める。
男はタバコをくわえて手を動かしながらも、ちらちらと猫の方へ視線をやり、その様子を気にしていた。
すると突然、
「あー!!」
と声を上げながら、ものすごい勢いで頭を掻きむしりだした。
猫はぴたりと足を止め、男を見つめる。
寝癖がさらに爆発した頭を抱え、うつむきながら、何かをブツブツと呟いている。
男は突然、良いことを思いついたという顔をして、
「ちょっと待ってな」
そう言って、タバコを投げ捨て、スキップしながら部屋を後にした。
男は、しばらくすると、ゲラゲラ笑いながら両手一杯にキャットフードの袋を抱えて戻ってきた。
「君すごいね!こんなにいっぱいあったよ」
男は袋を床に放り投げ、手を叩いて笑った。
キャットフードの匂いに釣られたように、猫はのそのそと袋に近づいてゆく。
「あー、待って」
男は、歯で袋を噛みちぎり、中身を畳の上にぶちまけた。固形の餌がピラミッド状に積み重なる。
猫は、餌に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ仕草をした後、ポリポリと食べ始めた。
「うふふふふ」
調子に乗ったように、男は次々と袋を開封し、部屋の半分を埋め尽くすように撒いていった。
「腹が減るって嫌だもんなぁ」
餌を食べる猫を見ながら、男は嬉しそうにそう呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!