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劉備は、焦っていた。
そもそもは、書生ごときに、ズバリと言われたから、である、が、それを認めたくない自分がいるということに、気がついてしまったからだ。
客将と、皆に、ちやほやされて、調子に乗っていた。
ここに来たのも、同じ、劉家の系図を無理矢理辿るという、強引な滞在だった。
常に、漢王朝の末裔であるとの理由付けで、あちらこちらの、州牧へ、睨みを効かせ、屋敷に滞在した。立ち上がる時期を見計う、見聞の旅を行っているのだと、信じこんで。
が、果たして──。
先程の集まりにて、自分よりも、年若い書生ごときに、たしなめられた。
献上された、見事な馬の尾尻の束に喜び、使うかどうかも、わからぬ軍旗に、結わえ付け、立派な旗になったろうと、自慢した。
そして──。
「将軍様は、今、その様なことをなさっているお立場か?」
と、意見されたのだ。
ぐうの音も出なかった。
悔しいが、その者の言う通りだった。
供を引き連れ、大きな顔をする。そんなことで、自分は満足し、そもそもの、志を、忘れてしまっていたと、劉備は体が震えた。
なんという、ざまだろう。
ああ、旗印に、喜んでいるとは、まるで、子供ではないか。
そして、取り巻きも、喜んだ。
ご立派な、旗ができあがりましたな──と。
「関羽!張飛!でかけるぞ!」
劉備の為に開かれた歓迎の集いは、結局、宴へ繋がって、従者は、すっかり、酒に溺れている。
呼ばれても、即、現れることもない。
これが、敵襲だったなら……。
劉備は、自らが飾り付けた、旗に目をやると、再度、従者の名を呼んだ。
「……と、いうことで、せっかく、有力者、どころか、劉備様と近付ける機会に、侍女よ、お前の旦那様ときたら、屁理屈こいて、劉備様を怒らせた。全く、ヒヤヒヤしたぞ」
「あらまあ、それは、それは。ですがねぇ、徐庶様、うちの旦那様を、その様な集まりに、連れていくという事が、間違いでしょうに」
あー、そうかもなあー、そうだよなあー、あいつに、おべっか使えって無理だわ……と、徐庶は、肩を落とした。
州牧である、劉表が、客人として迎えている劉備を、皆に紹介する集いを開いたのだが、そこへ、徐庶も、潜り込んだ。ただ、さすがに、箔がない家の出である為、名士の娘を娶っている孔明を誘ったのだった。
何か、あれば、孔明が、上手くその口で取り繕うだろうし、行き詰まれば、姑である大物名士、黄承彦の名を出せば、何とか切り抜けられるだろうと、思っていたのが、間違いだった。
孔明は、劉備をちやほやする集まりにおいて、いわば、啖呵を切ったのだ。
その様なことをしている場合かと──。
「まあ、人選を誤ったということですわね。他にも優秀で、良家の出のお仲間がいらっしゃった事でしょうに」
「だなあー、というかな、つい、欲に目がくらんだのだよ。良く良く考えれば、諸葛亮の奥方は、義理とはいえ、州牧、劉表様の姪にあたるだろ?と、なれば、その夫だと、諸葛亮を前にだせば、こちらも顔が売れるし、色々と、助かるだろうと……」
「まあ、理屈はそうですけど、そもそもは、奥様すら、劉表様とは、面識がこざいませんし、旦那様となれば、さらに。劉表様にも通じないのではないでしょうか?」
「えー、そんなものなのか?!名士の家って、というか、それ、諸葛亮を迎えに来た時、教えてくれよー!」
徐庶は、勢い卓に突っ伏した。
まあまあ、お陰で、うるさいのがいなくていいと、奥様は、上機嫌、ついでに、また、お昼寝されて、私達も、手がかからずで。と、徐庶の前に座る月英は、そっと、巾着を差し出した。
「先日は、結構なものをいただきまして、よろしければ、こちらを」
見覚えのある、巾着に、徐庶は顔をあげると、中身を確かめた。
「おっ?!これは、花梨の実ではないか!ちょうど良かった、我が母が、咳が止まらず難儀しておったのだ」
「あー、花梨茶にすれば、喉によろしいようですから、母上様の咳も止まりますよ」
かたじけないと、徐庶は、頭を下げると、懐へ巾着を仕舞った。
「まっ、あやつを、集いから引きずり出した、いや、送って来ただけだ。奥方も昼寝の最中、これ以上長居をしては、また、何の災難に合う事やら……ここいらで、退散させてもらうおぞ」
あー、見送りはいらんから、と、徐庶は、言い放ち、さっさと帰えって行った。
出していた、茶を、片付けながら、童子が言う。
「奥様?徐庶様は、奥様のことを、侍女だと、いつまで思い込んでいるのでしょうか?」
「さあ、勝手に思わせておけばよろしいわ。それよりも、旦那様に始まり、育て上げないといけない男ばかりのようだわねぇー。困ったこと」
月英は、はあーと、大きく息をついた。
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