軍師の嫁取り 5~戦の前に誤算あり~

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劉備は、焦っていた。 そもそもは、書生ごときに、ズバリと言われたから、である、が、それを認めたくない自分がいるということに、気がついてしまったからだ。 客将と、皆に、ちやほやされて、調子に乗っていた。 ここに来たのも、同じ、劉家の系図を無理矢理辿るという、強引な滞在だった。 常に、漢王朝の末裔であるとの理由付けで、あちらこちらの、州牧(ちょうかん)へ、睨みを効かせ、屋敷に滞在した。立ち上がる時期を見計う、見聞の旅を行っているのだと、信じこんで。 が、果たして──。 先程の集まりにて、自分よりも、年若い書生ごときに、たしなめられた。 献上された、見事な馬の尾尻の束に喜び、使うかどうかも、わからぬ軍旗に、結わえ付け、立派な旗になったろうと、自慢した。 そして──。 「将軍様は、今、その様なことをなさっているお立場か?」 と、意見されたのだ。 ぐうの音も出なかった。 悔しいが、その者の言う通りだった。 供を引き連れ、大きな顔をする。そんなことで、自分は満足し、そもそもの、志を、忘れてしまっていたと、劉備は体が震えた。 なんという、ざまだろう。 ああ、旗印に、喜んでいるとは、まるで、子供ではないか。 そして、取り巻きも、喜んだ。 ご立派な、旗ができあがりましたな──と。 「関羽!張飛!でかけるぞ!」 劉備の為に開かれた歓迎の集いは、結局、宴へ繋がって、従者は、すっかり、酒に溺れている。 呼ばれても、即、現れることもない。 これが、敵襲だったなら……。 劉備は、自らが飾り付けた、旗に目をやると、再度、従者の名を呼んだ。 「……と、いうことで、せっかく、有力者、どころか、劉備様と近付ける機会に、侍女よ、お前の旦那様ときたら、屁理屈こいて、劉備様を怒らせた。全く、ヒヤヒヤしたぞ」 「あらまあ、それは、それは。ですがねぇ、徐庶(じょしょ)様、うちの旦那様を、その様な集まりに、連れていくという事が、間違いでしょうに」 あー、そうかもなあー、そうだよなあー、あいつに、おべっか使えって無理だわ……と、徐庶は、肩を落とした。 州牧(ちょうかん)である、劉表(りゅうひょう)が、客人として迎えている劉備を、皆に紹介する集いを開いたのだが、そこへ、徐庶も、潜り込んだ。ただ、さすがに、箔がない家の出である為、名士の娘を娶っている孔明を誘ったのだった。 何か、あれば、孔明が、上手くその口で取り繕うだろうし、行き詰まれば、姑である大物名士、黄承彦(こうしょうげん)の名を出せば、何とか切り抜けられるだろうと、思っていたのが、間違いだった。 孔明は、劉備をちやほやする集まりにおいて、いわば、啖呵を切ったのだ。 その様なことをしている場合かと──。 「まあ、人選を誤ったということですわね。他にも優秀で、良家の出のお仲間がいらっしゃった事でしょうに」 「だなあー、というかな、つい、欲に目がくらんだのだよ。良く良く考えれば、諸葛亮の奥方は、義理とはいえ、州牧、劉表様の姪にあたるだろ?と、なれば、その夫だと、諸葛亮を前にだせば、こちらも顔が売れるし、色々と、助かるだろうと……」 「まあ、理屈はそうですけど、そもそもは、奥様すら、劉表様とは、面識がこざいませんし、旦那様となれば、さらに。劉表様にも通じないのではないでしょうか?」 「えー、そんなものなのか?!名士の家って、というか、それ、諸葛亮を迎えに来た時、教えてくれよー!」 徐庶は、勢い卓に突っ伏した。 まあまあ、お陰で、うるさいのがいなくていいと、奥様は、上機嫌、ついでに、また、お昼寝されて、私達も、手がかからずで。と、徐庶の前に座る月英は、そっと、巾着を差し出した。 「先日は、結構なものをいただきまして、よろしければ、こちらを」 見覚えのある、巾着に、徐庶は顔をあげると、中身を確かめた。 「おっ?!これは、花梨の実ではないか!ちょうど良かった、我が母が、咳が止まらず難儀しておったのだ」 「あー、花梨茶にすれば、喉によろしいようですから、母上様の咳も止まりますよ」 かたじけないと、徐庶は、頭を下げると、懐へ巾着を仕舞った。 「まっ、あやつを、集いから引きずり出した、いや、送って来ただけだ。奥方も昼寝の最中、これ以上長居をしては、また、何の災難に合う事やら……ここいらで、退散させてもらうおぞ」 あー、見送りはいらんから、と、徐庶は、言い放ち、さっさと帰えって行った。 出していた、茶を、片付けながら、童子が言う。 「奥様?徐庶様は、奥様のことを、侍女だと、いつまで思い込んでいるのでしょうか?」 「さあ、勝手に思わせておけばよろしいわ。それよりも、旦那様に始まり、育て上げないといけない男ばかりのようだわねぇー。困ったこと」 月英は、はあーと、大きく息をついた。
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